ブライダル新聞、ウェルカム・ボードなど手作りペーパーアイテム作ります。披露宴や同窓会、家族親戚の話題作りに抜群のペーパーアイテム。
赤ちゃん誕生、長寿祝、大会優勝……どんな新聞でもOK。 全国紙を作っていたプロの記者が、手作りの新聞で祝福の瞬間に花を添えます。
|
|
| |
|
|
|
| |
当店情報5
先日、英国の大学研究者が発表した各国の幸福度で、日本は178カ国中90位にランクされ、先進国の中ではロシア(167位)に次ぐ下位でした。
判断材料は@良好な健康管理A高い国内総生産(GDP)B教育を受ける機会C景観の芸術的美しさD国民の強い同一性――で、1位はデンマーク、2位スイス、3位オーストリアと、中小国家が上位に目立ちました。また、英シンクタンクが発表した「地球幸福指標」でも日本は95位と低迷。こちらは環境保護などを重視しているようで、1位は南太平洋の島国バヌアツとなってました。
両調査で日本は90位以下と決して「先進国」とは呼べない結果。豊かなこの国に生まれたことを多くの国民は幸せに感じているはずですが、世界の目は必ずしもそうは映ってないようです。
幸せの基準は主観的なものであって十人十色、それこそ65億分の価値観があると思います。客観的にも幸せな国に見えるよう、より良い国を目指したいものです。
(7月31日)
日本人の平均寿命が昨年、男女とも6年ぶりに前年を下回ったそうで、男性は0.11年短い78.53歳に、女性は0.1年短い85.49歳になったとか。
インフルエンザの流行や自殺者の増加が原因とみられるそうですが、女性の世界一は21年連続。日本人が長寿の国である原因としてよく食生活が取り上げられます。栄養バランスに優れた日本食が病気の少ない体を作り上げているという見方ですが、今後は平均寿命も短くなるのではないかと考える人もいます。
高カロリー食やストレス社会で疾病や自殺者が増えるのではないかというのです。今回の寿命短縮はイレギュラーかもしれませんが、ニュースを聞いてちょっと気になりました。
ストレスもまた、食生活に大きく関わりがあります。スローフード、スローライフという言葉が使われ出したのも、私たちの体が悲鳴を上げ始めている証左かもしれませんね。
(7月26日)
番組改変期に「人類滅亡」「文明の危機」などと終末思想を採り上げた特番をよく見かけます。書店や図書館を歩けば、この手の本が文化人類学から科学、社会学など様々なカテゴリーから見つけることができます。
あらかじめ最も恐ろしいシナリオを想定しておけば、何が起こってもパニックに陥らず落ち着いて対処できるかもしれない……そんな潜在意識があるせいかもしれません。
しかし先日見た番組ではセミまたはネズミが光ファイバーのコードを刺して情報化社会に混乱を招く……などという荒唐無稽なテーマを持ち出していました。
地球温暖化や地政学リスク、天災、財政危機など本気で考えなければならない問題に対して、針小棒大に危機を煽るインチキは本当の問題を曇らせる弊害があります。猛暑や豪雨の異常気象を気にしながら、ふとそう思いました。
(7月25日)
昨日23日は夏の土用丑の日でした。今年は8月4日と2回あります。ウィキペディアによると、土用とは五行思想に基づく季節の分類の一つで、各季節の終りの約18日間。この間に「日の十二支」が丑である日が2回あれば、季節ごとの土用丑の日は1つ増えることになります。
夏の土用丑の日にウナギを食べる風習は冬が旬のウナギを夏場に食べさせようとするウナギ屋の策略、と聞いたことがあり、私はほとんど食べたことがありません。用語説明にも平賀源内の発案だったとかで、その辺の経緯が記されてました。
しかし、一歩引いて考えると、夏バテ防止に効果的なウナギのビタミンB類を摂るのは合理的だし、素材そのものの出来より時流に乗って食べる満足感というものもあります。
パタパタ煽られた匂いに誘われて食べたウナギは、確かに美味かった。脂の乗った旨みというより、風物詩を堪能する旨みでしたが。
(7月24日)
男女の平均寿命はどこの国でも女性の方が長いようです。体格的には女性よりも大柄な男性のほうが長生きするはずですが、なぜ現実は逆なのでしょうか。
男性は仕事の中でストレスを感じることが多く、病死や自殺が多いせいもあるでしょう。家族を守るという役割上、好戦的な性格も早死を促している面があるでしょう。
雌雄のうち、雌(メス)が持つXX染色体が遺伝子の元祖として、生物の元々の主人公という見方もあります。雄(オス)はそれをサポートする存在だから「早く死んで当然」と考えられなくもないし、実際の役割もそのようになっています。
「生まれ変わっても同姓でいたい」と言う人は、男性よりも女性の方が多いと聞いたこともあるし。うーん……女性になってみたいものです。
(7月19日)
大型の生物は心拍数が少ない分、小型生物より長生きをする、と一般に言われますが、これは人が感じる時間についても言えるかもしれません。
幼少期は心拍数や体温が比較的高く、時間の密度も大人とは比較にならないくらい凝縮されています。経験の差が感度の違いとなっているせいでしょうが、血中酸素をより多く消化する脳細胞の鮮度が感度に影響している面もあるのではないでしょうか。
子供だからといって何も知らないと思っていても、感性は私たち大人の数倍も豊かなわけで、何気ない言葉や場面に大きく影響されることも少なくありません。
忙しい社会の中で、これ以上「子供の時間」を凝縮させ過ぎないよう、私たち大人がスローライフを心掛ける必要があるかもしれません。
(7月18日)
毎日何十件と届くメルマガを通じて活字を読む機会が増えたとは思いますが、その重みというのは幾分減ったような気がします。
出版化されてベストセラーになるケースも珍しくありませんが、書いてある中身が同じでも本の中の活字というのはどこか重みがあってじっくり読まなければ、という義務感のようなものが生じます。
しかし、頻繁に届くメルマガはその日の気分によっては面倒くさくてほとんど読まない場合もあります。同じ著者の同じレベルの文章なのに、乗せる媒体によって自分の中で不当なランク付けをしているのです。
最近は出版化されても味だけ良くて体に悪いジャンクフードのような本だって少なくないし、メルマガやサイトを通じて読むコラムの中には、拍手したくなるような素晴らしい内容も多い。
媒体で判断するのでなく、考え方や判断力の肉付けとなるような文章を選択できるように心掛けたいものです。
(7月15日)
甚だ時流に乗り遅れてますがリリー・フランキーさんの「東京タワー」を読んでジーンときました。
敬愛したオカンへの回想記。手料理や子育てに心を尽くすオカンの生き方にいつのまにか共感し、著者が抱き続ける愛情の一端を感じずにはいられなくなってしまいます。
朝食に合わせて明け方から漬け物を漬けたり、なけなしの収入を息子の学費に当てる姿が、親としては当たり前の姿なのに、特別な愛情が貫かれてもいて、その健気さに人として一番大切な何かがあるようで共感するのだと思います。
家庭料理を通じた交流の中で様々な人に愛されたオカンの偉大さは、人間味溢れる言動にあったのでしょう。自分が周辺住民であったとしても、そこに毎日通いたくなるような心尽くしに、本来あるべき家族愛が垣間見えたようでした。
食卓は家族の基本要素ですね。
(7月14日)
ネットを通じた物々交換で1つのペーパークリップから始まり、ペン→ドアノブ→コンロ→発電機……と次々にグレードアップし、1年で一軒家を手に入れた26歳のカナダ人フリーターがいるそうです。
自身のブログで呼び掛け、交換する際には大陸をまたいで自ら足を運び、やがてマスコミが取り上げたところから一気に商品価値も騰がり、きょう12日にハリウッド出演権を、カナダ・キプリングの住宅と交換するとか。昨年7月のスタートからちょうど1年。彼は名誉市民にも選ばれたそうです。
出版計画もあるそうで、ハリウッドも飛びつくサクセスストーリー&現代版わらしべ長者。今後は印税だけで家が何軒も建つ財産を手に入れることでしょう。ちょっとしたアイデアと莫大な幸運があれば、人生はどう転ぶか分からないものですね。
たった1つのクリップと考えるか、クリップ1つに大きな可能性を見出すか。幸運が重なった偶然と片付けるのも間違いではないでしょうけど、彼の究極的な楽観主義が生んだ必然と考えてみるのも面白いかも。幸運はそれを信じる人のもとにだけ降りてくるのかもしれませんね。
(7月12日)
ジダンが「有終の美」となるか注目されたサッカーW杯決勝でしたが、延長後半に頭突き一発退場でフランスは勢いを失いPK負け。終盤の大会を盛り上げたジダン自身が最後に冷や水を浴びせる形で終わってしまいました。
この場面を見て思い出したのが先月14日の小泉首相の言葉。竹下登・元首相の七回忌で「怒りは敵だと気づきました」とあいさつしてましたが、怒りを克服できなかったジダンは最後にマテラッツィにではなく、自分自身に負けたように見えました。
前々回のベッカムや今回のルーニーもまた、怒りを抑えきれず、チームを敗退へ招いたとしてサポーターから批判されました。相手の理不尽なプレーに苛立つのは分かりますが、手を出したら相手の思うツボ。
自分に克ち、相手に勝つ。世に理不尽は付き物。つい不平を言ったり悪運を嘆いてしまい勝ちですが、それも含めて自分を試されていると割り切っていく心構えが必要だと教えてくれた大会でした。
(7月10日)
世の中には色々な人がいますが、ミサイルを玩具と勘違いしているろくでもない人間が、悲しいことに近隣諸国にいるようです。
かの国の愚行を耳にするたび、拉致被害者やその家族、過去に粛清された人々、そして国民に背負わされた失政のツケに同情を禁じえません。
指導者の賢愚に国民生活は大きく左右されます。民主制が整っている国なら自らに責任も問えますが、誰も選んでないのに独裁がまかり通って誰も手を付けられず、近隣諸国にまで被害が及んでいる……誰もがもどかしい気持ちを抱いているのではないでしょうか。
多くの自由を与えられて生まれてきた私たちは恵まれた環境に感謝しながらも、自由のない生活についても自分のこととして解決方法を考えなければいけないのかもしれません。たとえ今は何もできなくとも、関心を持っていればいつか役に立つときがあるかもしれませんし。
(7月7日)
お客様から披露宴で新聞を配っているビデオを見せていただきました。自分の知らない空間に自分の作った新聞が読まれている光景というのは照れくさい一方、興奮を覚えました。
この興奮は、最近メディアでよく目にする「お金儲け」とは縁のない、遣り甲斐とか生き甲斐というものだと思います。自分のした仕事がどこかで誰かに喜ばれていることの充足感と言いますか……
「ボールに対する瑞々しい感情は失われていった」現役引退を発表した中田英寿選手が綴った言葉には生き甲斐が仕事の義務になってしまったことの苛立ちがうかがえます。「“新たな自分”探しの旅に出たい」自分探しというのは、つまるところ生き甲斐と言えるのではないでしょうか。自分が生きているという実感を得ることに人は生き甲斐を見出すのではないかと思います。
労働の対価とは別のところで、人は常に誰かの役に立っているという満足感を得るために働き、自己実現を求め続けるんじゃないかと、ビデオを見ながら思いを馳せてしまいました。
(7月6日)
昨日記した「六次の隔たり」ですが、少し考え方を膨らませると、自分の行動が知人に影響を及ぼし、その影響を知人の知人が受け……という形で巡り巡って世界に影響を与えている、と考えることができます。
影響力に差はありますが、この世界の誰か1人でも存在していなかったなら、世界は少しずつ本来ある形を変え未来を変えていくのではないでしょうか。タイムマシンがあったなら過去に誰かが行った時点で過去の空気なり草木に影響を及ぼし異なる現在を作り出し、行った当人が存在しないことになる……それほど1人の及ぼす未来への影響というのは大きいのではないでしょうか。
地位や名誉を欲するのも自らの影響力を高めたい欲求とも言えます。その大きさが自分が生きた証でもあり、自己実現の形とも言えるのでしょう。宇宙船地球号の中で自分が今後、どんな影響力を与えられるのかな、という大きな版図の中で未来図を描いてみたいものです。
(7月1日)
・
・
・ |
|
| |
|
|
|
|
|