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当店情報2
ドイツ製電気シェーバーの網刃が欠けたので、本体もろとも捨てようと思いながらも網刃以外は新品同様なので捨てられず、棚の奥にずっと放置してました。代わりに買った国産の安物シェーバーの性能が悪く、引っ掛かるわ根こそぎカットできないわ、毎朝ストレスが溜まる。。。
これほど性能に差があるものかとがっかりし、さてどうしたものか。網刃だけを単体購入しても本体と大して変わらない値段。だったらいっそ、高いシェーバーをまた買うしかないかとあきらめかけていたところ、クシャミと共に天啓が…「オークション!」。市価の半値で落札し、ゴミ寸前のシェーバーがめでたく復活しました。
引き出し奥にあったハイウェイカード。残金が1万円以上あったのに使えなくなりゴミかぁと諦めかけていたけれど、ネットで調べたら高速道路会社で換金受け付け!! 数十枚貯まっていたテレカもNTTのサイトで調べたら電話料金に振り替え可!!!
ゴミ予備軍が次々と役立ってくれるとはありがたいものです。情報をつなぐネットの底力。プライスレス。感謝感謝。(2008.4.21)
去年までは何となくクシャミが多くなる程度だった花粉症が、今年は完全なキャリアとなって惜しみなく受粉する体質になってしまいました。
一昨年までの自分と今の自分で、どこにどんな変化が生じて体質が変化したのでしょう。現代病というからには昔にはなかった生活の中で変化が生じたのでしょう。
食生活か、汚い空気のせいか分かりませんが、望まないことだけが優先的に叶えられると気分も落ち込むものです。たんにクシャミだけかと思ってたら風邪までひいてしまい、一時は熱まで出てしまいました。
病は気から、と言いますが、今回は気持ちの気だけでなく空気の気とスギのキも掛かって意気消沈の季でした。
(2008.4.17)
ガイアという言葉を最近よく聞きます。「地球交響曲」というドキュメンタリー映画の「第五番」を先日鑑賞しました。各編で登場する出演者が地球(ガイア)と自分との関係性を意識した生活を送り、地球を一つの生命体に見立てた「ガイア理論」というテーマが浮かび上がります。
自分は見たもの聞いたものしか信じないので、宗教も輪廻転生も素直に受け入れることはできません。しかしガイア理論は現実そのものです。私たち生命体の全てが地球上の物質から作られたわけですから、生前も死後も地球の一部であり、先祖のDNAを受け継ぐように地球の魂を受け継いでいて当然なのかもしれません。
人種や国の違いなんて木の中の枝に過ぎず、もっと大きな根っこの部分は一つの生命体なのだから、善人であれ悪人であれ誰もが相手の立場や気持ちを察することができる共通感性を持っているんじゃないかと思います。ただ、DNAや教育環境の違いで人生は千差万別に枝分かれし、争いやエゴを生む。民族紛争や宗教対立、気候変動……こんな時代だからこそ、根っこの共通性を自覚し、木でなく森を見る意識が求められているのかな、と思います。
(2008.4.15)
最近の地上波はやたらとクイズ番組が多くてつまらないなぁ、と思ってましたが、不景気のしわ寄せで番組制作費が削られる傾向にあるため、安上がりなわりに視聴率が高いクイズ番組に制作が集中しているそうです。
みえみえのボケより真剣な解答で「あの芸人はデキる」と評価される方が視聴者のウケもいいので、売り出し中の若手の多くが雑学本の類を楽屋などで読んでいるとか。高学歴の芸人にとっては不況サマサマかもしれません。
子供のいる家庭なども雑学番組なら安心して見せることができるでしょうし、芸能人の内輪ネタで盛り上がるよりは役立つ番組かもしれません。
しかし、その裏返しで「おバカ芸人」という新ジャンルが持て囃されるのも意外な現象というか……子供たちが「勉強しなくても人気者になれるじゃん」と憧れを抱いたら、逆効果になるかも。
(2008.4.7)
春分の日が明けたけさ21日、近くの山を散策したらヤモリやハエ、クモなどが急に見られるようになり、生物の世界も春の訪れが突然やってきたという印象です。
直前まで草木以外に生命の息吹を感じなかったのに、人も昆虫もちらほら見かけるようになったのを見ると、生き物に共通の感覚があるのかなと思います。
昨秋、紅葉狩りをした山系にて行きと帰りで山の彩りが一変していたことに驚きましたが、季節の移ろいは徐々に進むというより、ある一日でガラッとスイッチが切り替わるようです。今回、北部九州では春分の日を境にきれいに季節の移ろいが感じられました。
心地良かった冬の寒さから、また灼熱の夏に向かうのかと思うと賑やかな命の開花にあまり手拍子で喜ぶ気分になれないのも正直なところです。
(2008.3.21)
誰も言わないけど「きっとこれは体にいい」と続けている習慣が誰しもあるのではないでしょうか。自分の場合、うつ伏せか横向きで寝るのが習慣になっており、仰向けだと寝つくのに時間がかかることがあります。
うつ伏せだとお腹を守る形になり安心できるからかなと思ってましたが、同じ習慣を続けている96歳の日野原重明・聖路加国際病院理事長が「長生きの秘訣」として言及している記事を読んで、大いに納得しました。うつ伏せになることで、舌根が気道を塞がないのでいびきもかかなくなり、睡眠時無呼吸症候群も防げる。右半身を下側にすることで胃の活動も確保して消化にも良く、仰向けで寝る時に緊張している腰や肩への負担もなく、心身共にリラックスできると説明しています。
立つ姿勢も仰向けで寝る姿勢も、脊椎動物の構造からして内蔵や肩・腰に負担がかかっているため、寝るときくらいは動物本来の姿であるうつ伏せの方が自然体のはず。何となく「こっちの方がいいな」と思っていたことを的確に分析し、尚且つ自らの長寿で実証している点、さすが矍鑠たる御大だと膝を打ちました。
(2008.3.12)
名古屋国際女子マラソンで27位の惨敗に終わった高橋尚子。昨夏、米国で右ひざ半月板の半分を切除する手術を受けて練習が十分にできないまま今回のレースに臨んだとか。
注目を一身に集めながら後塵を拝する屈辱に耐えた2時間44分18秒だったのでしょう、ゴールの瞬間までサングラスを外さず、観衆に深々とお辞儀をしてトラックを後にしました。非常に残念な結果ながら、走り切った根性と最後に見せた笑顔にどこまでも前向きな姿勢が表れていて、潔いアスリートだなと胸打たれました。
女子陸上界初の五輪金メダリストという栄光から8年。その知名度があればいつ辞めても約束された生活があるのに、走ることにこだわり記録に挑戦し続ける生き方は、記録よりも尊い記憶を人々に刻み付けているのではないでしょうか。「頑張れば夢は叶うことを証明したかった」という思いが今回は届かなかったけれど、やりきることの大切さを教えてくれた走りでした。(2008.3.10)
ふだんの暮らしでどうにも気になる言葉があります。英語でフィーチャーと発音する単語をタレントなどがフューチャーと言っていたり、アボカドをアボガドと言っていたりすると「あれ?自分の勘違い?」とつい辞書を捲ってしまいます。
すき家で豚丼を食べながら「あれ?とんどんて、ぶたどん?」と自問自答。ウィキペディアでは「ぶたどん」になっており、吉野家「豚丼(ぶたどん)」、松屋「豚めし(ぶためし)」、すき家「豚丼(とんどん)」、なか卯「豚どんぶり(ぶたどんぶり)」(販売終了)と店によって違うため頭の中で定着してないようです。牛肉→牛丼の流れで考えれば豚肉→ブタ丼が正解のようですが、音読みのギュウに合わせるならトン丼が正解???
マイナーな丼だったのが狂牛病問題から市民権を得てまだ集約されていく過程にあるのかもしれません。言葉は日々進化と退化を繰り返し、昨日の常識と明日の常識も変化する。固定観念こそが間違いなのかな、と思うけど、吉野家に行ったらトン丼と言ってしまいそうなので、いっそ人間と肌つやも似てることだし「兄弟丼」でどうかな、と思ったりするけど、それじゃ食欲が……。
(2008.3.8)
先日、上京した際に東京マラソンに参加しました。といっても、正式参加ではなく、スタートを見届けてからコースの半分ほどを歩いてゴールを見守っただけですが……。
情けないことに半分歩いただけで筋肉痛にはなりましたが、ゴールする選手を見ていると自分も同じカタルシスを感じ、清々しい気分になりました。最後の完走者がゴールした後、リポーターが「彼らの走りが東京の、日本の様々な暗い部分を明るくした」と言ってました。
走っている人は沿道の歓声に助けられ、観客は走者の走りに感動する。苦しいだけに見えるマラソンですが、実は関わる人々が互いにプラスの力を貰い合い、何とも言えない感動や達成感があるんだと思います。肉体的な疲れや準備の苦労は心地よい達成感の想い出に変わるのです。
悲観的な国民性を指摘される日本人ですが、マラソンを愛する心にはひたむきで前向きな潔さが表れているんじゃないかと、1ランナーとしてちょっと誇らしくなったりします。(2008.2.23)
昨年は段ボール入り肉まんや人工卵、偽ディズニー遊園地が物議を醸し、今年に入って餃子中毒事件で注目を浴びる中国。調査段階にしても、自国産品で生じた不始末に対し遺憾のイもない当局の態度には、首を捻らざるを得ません。
急激な経済発展が内外で摩擦を呼び、当局も対応し切れていない感がありますが、食の安全性にしても知的財産にしても規範意識のなさは日本人からすれば絶句レベル。レアメタルの市価を跳ね上げたり海底資源の採掘を独占したり……話し合いより強権発動を第一義とする姿勢からは「礼節の国」という形容が皮肉にしか聞こえません。
20年前のバブル全盛期。私たちがこれほど中国の存在を意識することはなかったし、経済的にも対等とは言えない関係でした。激安商品が国内を席巻し、黄砂が年々深刻化し、マグロが買い占められ、危険な食品がスーパーに並ぶ。私たちの生活はいつの間にか大・中国の影響下で外圧を受ける関係性になってしまいました。規模だけでなく度量も大きい、真の大国になる日は来ないのでしょうか。(2008.2.9)
倖田來未がラジオで「35歳くらい回ると羊水が腐ってくる」と発言してしまい、活動自粛に追い込まれました。出産予定の方や高齢出産で生まれた方にすれば差別を生む失言であり、影響力ある有名人としては反省しなければいけないでしょう。
その前提を踏まえたうえで実際の発言を聴くと、誰かを貶める口調ではなく流れの中で出てきた文字通り「軽率」な一言で、録音したニッポン放送も編集し損なうほど他愛ない会話の断片でした。
倖田來未に対しては掲示板などでアンチファンも多く、今回も発言を批判するスレが立ってみるみる問題が膨らんでいきました。自分もあまりファンではありませんが、鬼の首を取ったかのように枝葉末節の失言を問題視していては萎縮した監視社会になってしまいますし、既にその傾向が一部の行き過ぎた内部告発に現れていると思います。
誰かが叩かれ始めると世論が一斉に牙を剥く最近の「祭り」型扇動は、一歩間違えば恐ろしい村八分の偏見を生むのではないかと、亀田、沢尻、朝青龍と連なる最近の風潮を見ながら少々危惧します。
(2008.2.7)
ニュースはインパクトが命です。「えっ、そんなことが起きたの!」と皆が思うニュースの優先順位は必然的に高くなるでしょう。
先月24日、ゼネラル・モーターズが発表した年間販売台数はトヨタより約3,000台多い936万9,524台。ところがこの台数は、出資が過半数未満の中国合弁会社が生産した51万台超も含めていたため、ミスを指摘されていたGMは訂正しました。
天下のGMがそんなうっかりミスをするわけがなく「今年もGM」と速報させ、ニュース価値を落としたうえで訂正したのでしょう。でなければ、3,000台という際どい差になどなるわけもないのでしょうが、故意過失を問うても仕方ないからマスコミもそこまで報じないし、小さな囲み記事で「やっぱりトヨタが世界一」と後追いのような続報になり、歴史的瞬間は消化不良のまま流されてしまいました。
朝青龍帰国に合わせて亀田謝罪会見が設定されたり、食品偽装発覚に合わせて「実はうちも」と発表したり……GMのように米国のお家芸ともいえる世論操作が国内でも散見されます。考え方の根本は偽装問題と変わらない気がします。
(2008.1.17)
書店で「今年の景気大予測」という本を立ち読みしたら「日経平均が15,000円を一時的に割れる確率10%」とありました。海外市場の波乱で大発会から一度も15,000円を超えていない現状で読むとなかなか逆説的でブラックジョークのようです。
第一歩から外れているわけですから購読者なんておるんかいなと思いますが、なかには「逆張りの教科書」として買う人もいるかもしれません。ことほど左様に未来を読むことは難しいものです。
ネズミのように低い発射台でスタートした景気見通しですが、内閣支持率や人気球団の成績同様、期待され過ぎない方がかえって好結果につながるもの。干支の順番も牛に乗って神様のもとへいち早く辿り着いたネズミが筆頭になったという民話もあります。干支の特徴も「行動力と財」だとか。ネズミ年は例年、景気がいいというデータも。
雨降って地固まる1年になるよう、自分自身の生活もしっかりとイメージしたいと思います。
(2008.1.17)
柔道の井上康生とタレント東原亜希さんが東海大の柔道場で結婚報告しました。ライバル鈴木桂治とともに孤高の格闘家というイメージが強いせいか、ギャップの大きさがかえって新鮮で微笑ましい会見に見えました。
北京五輪の代表選考を前に結婚することで自らにプレッシャーをかけ、二人三脚で目標に向かう姿勢も一途で応援したくなります。見る人にそう思わせるカップルというのは、いつまでも仲の良い夫婦でいられるような気がします。
年末年始に有名人の結婚と離婚発表が続きましたが、出逢いも別れの2人の間の話で周囲の心を和ませることができるカップルというのはなかなかいないと思います。
次回は2人で金メダルを掲げてる姿をぜひ見たいものです。
(2008.1.16)
あけましておめでとうございます。
昨年に続き今年も数多くの新郎新婦の晴れ舞台に花を添えるお手伝いをしていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。華やかな気分の正月といきたいところですが、年初から株価が急落し世界は波乱の幕開けとなりました。
そもそも米国の低所得者向けローンによってなぜ米国以上に日本市場が下げなければいけないのかと言いたいところですが、証券化商品の信用収縮によってキャッシュ不足の金融機関が現金化を急ぎ、ドルの信用も揺らぎ、全ての動きが外資に依存する日本市場を直撃してしまいました。外資に依存しながら「ハゲタカ」を追い出す日本の金融政策に嫌気を指した資金引き上げも一昨年からずっと続いているようです。
外国の出来事が生活に直結する構図はBRICSやVISTAの台頭で世界に分散されつつあります。運命共同体。経済も人生も何がきっかけになるか分かりません。負の連鎖でなくウインウインの関係を築ける1年にしたいものです。
(2008.1.9)
年末ジャンボ宝くじの締め切りが明日に迫り、駆け込みで買う人も散見されるようです。不景気になるほど売れるという宝くじ、今年の1等2億円は74本、2等1億円は222本と、全国で夢が現実になる人は延べ296人もいるようです。
うーん……これだけ当選するなら買ってみるか、という気分にもなりますが、同じようなことを考える人は多いはずで、だからこそ売り上げも毎年伸びているのでしょう。過去の年末ジャンボの期待値は300円あたり143〜144円。10枚買っても300円1枚分しか当たらない人も多いと思いますが、実は半額近くの期待リターンがあるのです。この差はもちろん、1等や2等の当選に貢がれるから。因みに、有馬記念の期待値は100円あたり74円なので、こちらの方が現実的ではあります。
数年前のデータになりますが、交通事故で1年以内に死傷する確率は1等当選確率の9万2651倍だとか。事故数減や当選数増で今は5万倍くらいにはなってるかもしれません。確率という現実を見るか、夢を買うか、どっちを選ぶかはあなた次第です。(2007.12.20)
「偽」といえば、ブライダル新聞なるものも現実の日刊紙に寄り添う「偽」の産物です。その意味ではゼロから生み出した商品とは言えず、他人ばかり批判する資格はないかも、と反省しました。
ただ、それをネタとしてする偽と相手に気づかせずに欺く偽とでは、全く別物だと思います。有名人のモノマネと、有名人になりきって特権を使う行為が対照的であるように。後者の例で言うと、有栖川宮家の末裔を騙った詐欺事件がありました。
開けた偽は笑いになりますが閉じた偽は怒りになります。エイプリルフールのウソが許されるのも最後は相手に冗談と確認できるからであり、最後まで真実を語らなかったらいつか相手がウソを知ったときにとても笑える冗談にならないでしょう。
偽をうまく使えば人間関係が和み、偽をズルく使えば人間関係が破綻する。閉じた「偽」しかない政治経済の世界では百害あって一利なし、ですが。
(2007.12.15)
今年の漢字は「偽」。9万816人のうち、約18.2%が選んだと。個人的には「偽」の意も含め「謝」がいいのかなと思いましたが、いずれにしろあまり良いイメージの1年ではなかったことが分かります。
世間の話題といえば、食品偽装や政界汚職、似非謝罪会見、年金記録問題とウソ偽りばかり。「何とか還元水」に始まり農水相自殺、安倍首相辞任、現在の国会空転に至るまで、政界主導で暗い話題を振りまいてくれた1年でした。
新興国が急成長する中、政治家はつまらぬ問題に立ち往生し、ポールソン米財務長官はとうとう日本をスルーして中国に直行し、ジャパン・パッシングいやジャパン・ナッシングが世界の常識になりつつあります。偽りの疑惑がかかる額賀財務相に会っても一利なしと判断したのかもしれません。
ここ数年の話題、例えば堀江・村上騒動も耐震偽装も偽りに満ちた事件でした。「我日本は義の国にて」――福沢諭吉が学問のすすめで記した日本は、100余年経た今、同音異字の「偽の国」に成り果てたようです。
(2007.12.14)
先日財布を落としてしまい、家で気づいてヒヤリ。立ち寄ったショッピングモールに電話したところ、きちんと届けられていたため事無きを得ました。
最近、政治経済の停滞が長く続くせいか、この社会を恥じることが多かったのですが、何かを落としたときに日本で良かったとつくづく実感します。電話する際にも多少の焦燥感はあったものの、「たぶん届いてるんじゃないかな」という希望的観測の方が強く、社会の善意を信頼している自分に思いがけず気づきました。
過去に同じような局面で届けられなかったことはなく、一方、海外旅行に行けば落とさずとも盗もうとする連中は向こうからやってきます。
凶悪犯罪が増え検挙率も下げ続けていますが、平均的な日本人の善意は今でも誇りを持っていいんだなと、戻ってきた財布を見てしみじみ感じると共に、平和と豊かさがあればこそのモラルだな、と改めて思いました。
(2007.12.12)
2007年ユーキャン新語流行語大賞に「(宮崎を)どげんかせんといかん」「ハニカミ王子」が選ばれました。両方とも誰も使ってないと思うのですが、マスコミの世界では大流行だったので社会現象と認められたようです。
「そんなの関係ねぇ」や「KY(空気読めない)」の方が人口に膾炙しているとは思いますが、ネガティブな意味だけに選考でもネガティブに働いたのかもしれません。より世相を反映しているのが辛いところですが。KYといえば朝日新聞が「アベする」という誰も使っていない言葉を若者の流行語として採り上げたために、捏造することを「アサヒる」と揶揄されネットではこっちの方が定着しました。「若者が本当に使うなら『アベる』と言うだろ」というもっともな反論が的を射ていたと思います。
日本を代表する言論機関でありながら政治的な思惑で言葉を弄ぶ捏造行為に嫌悪感を覚えずにいられません。一途で爽やかな大賞と対照的に、巷の流行語は魑魅魍魎の世界そのものです。
(2007.12.6)
吉野家の従業員が営業時間外?に、溢れるほどの豚肉を使って「テラ豚丼」を作る様子を撮影し動画サイトに投稿したところ炎上し、同社が「犯人を見つけ厳正な処分を下す」と発表する事態に。
食べ物を粗末に扱い、不快なだけの動画ですが、目立ちたかったのでしょう。メガがあるんだからテラも……という遊び心や「時間外ならやりたい放題」という誇示もしたかったかもしれませんが、高い代償を払わされることになりそうです。
「バレなきゃ多少の悪事は許される」という考えが蔓延してる気がします。防衛省の汚職も朝青龍問題も亀田家騒動も、「バレたから不本意ながら謝った」という態度が共通している気がします。
バレたことを反省しているのであって、行動そのものを反省していないから「お騒がせしてすいませんでした」と謝る。バレて騒がせたことが当人たちの謝罪理由になっているようで、問題行動の核心になるとうやむやな言い訳で逃げる。そのうち謝罪という言葉の意味も「バレた場合の反省の弁」と変わってしまうのかもしれません。
(2007.12.4)
昨日「もったいない」と書いた当て付けのように、崎陽軒が誤表示を理由にシウマイ1万5,000箱の回収・廃棄を発表しました。原材料表示を日本農林規格法(JAS)に定めた重量順になってなかったからとか。
いい加減にしろよ、と言いたくなります。時流に乗ればニュースになるのは分かる。対策を講じなければ企業のイメージが損なわれるのも分かるけど、このレベルでアウトならスーパーの商品なんて半分くらい捨てなきゃいけなくなると思います。
ウラでは官僚・政治家による利権構造が蔓延しながら、オモテに出た些細な誤表記に一罰百戒を宛がう。この国の誤った規律には毎度のことながら呆れ果ててしまいます。理性的に対処しない企業には逆に「モノを無駄にする企業」というレッテルを貼るくらいの報道をしなければ、中身がスッカスカの形式だけの社会になってしまいます。いや、もうなってると言うべきかもしれませんが。
(2007.11.29)
待機電力を小まめに消したり、買い物にはマイバッグを持ち歩いたり、車にできるだけ乗らなかったり……。省エネや環境配慮の声が日々高まってます。世界の消費人口が増える中で、限られた資源は必要な分だけ使うのが理想的。ルー大柴も「もったいない〜♪」と歌ってます。
消費期限の偽装はとうとうファストフードの雄マクドナルドにまで及び、すっかり見慣れた謝罪会見。やれやれ、と思う一方、期限切れの食品全てを廃棄するのもどうかと思います。偽装は言語道断ですが、まだ食べられるモノを次々廃棄するのが正しいかと言われれば首を捻らざるを得ません。
学生時代に披露宴会場で給仕のバイトをした時、ほとんど手が付けられていない豪華料理が次々と捨てられていく現実にショックを覚えました。せめて有機栽培の肥料にでもなればいいのですが、期限切れ直後の食材も、農家や飢餓に苦しむ人々への後ろめたさを感じずに利用する方法はないものなのでしょうか。偽装問題の根本的なテーマだと思います。(2007.11.28)
ミシュランガイド東京版が発売され、マスコミが一斉に飛びつきました。フランスに次ぐ星の多さや、選ばれた店への賛否二分も手伝い、ただのグルメ本にしては話題沸騰と言っていいでしょう。権威モノに弱い日本人の心をくすぐる作戦成功に、ミシュランもしてやったりでしょう。
しかし、タイヤメーカーがドライブ先まで指南するのは、厚意とすべきか厚顔とすべきか? 美食家にとっては垂涎のガイドかもしれませんが、料金を含めたトータルパフォーマンスで星数を決めている小市民のニーズには遠いような気がします。
店にも依りますが、一食数万円する店なんて人生で何回行くのだろう、と指折り数えられそうな自分には、閏年の2月29日を思いながら4年間過ごすようなもので、日々の三ツ星を求めてホットペッパーを繰った方がはるかに実用的です。
喜ぶ店主の姿をテレビで見ながら、くれぐれも評価が下がって自殺者が出るようなケースまで輸入されなければいいが、と危惧してしまいます。
(2007.11.24)
内容より結果が全て――どこか世相を反映しているようでしっくりきません。サッカー五輪日本代表の試合を見ていて、あまりに不甲斐ないというか内容がひどいので、途中からサウジを応援するようになり、引き分けで五輪出場を決めた日本代表の姿を素直に喜ぶことができませんでした。
愛国心がないと言われればそれまでですが、面白くない試合をするチームはたとえ母国代表だろうと地元チームだろうと応援したくない、と思うのが、本当のスポーツ愛好者じゃないかと思います。「どんなつまらない内容でも出場権さえ取れればいい」というのは愛国者ではあっても愛好者ではないと思います。
1968年のメキシコ五輪での3位決定戦。精魂尽きるまで走り続ける日本代表に、対戦相手のメキシコサポーターからいつしか声援が送られたと言います。「競技場では愛国者の前に愛好者であれ」というメッセージを、FIFAは世界中のサポーターに送ってもいいんじゃないかと思います。
(2007.11.23)
ニュースで話題になっている未解決事件の真犯人を特定するような文章をブログに載せた芸能人に対し事務所が1年間活動停止にしたとか。
本人はきっと友人や家族とお喋りしている感覚で書いてしまったのでしょうが、ブログはアップした瞬間に書籍同様、公の読み物に変化します。日記やメモ帳よりも手軽に書き込めるけれども、問われる責任は比較にならないほど大きい。
旬の芸能人にとって1年間の活動停止は人生を狂わせるほどの打撃でしょう。一方、軽く書かれた文章で人生を狂わせるほど打撃を受ける人がいるのも事実。
「ブログは刊行物」という認識を心のどこかに持ち続けないと、誰もがブレーキを踏み忘れる危険があります。
(2007.11.22)
セルフスタンドで軽自動車に軽油を入れてエンストしてしまう人が最近増えているとか。ジョークのような話ですが、いろんな意味で世相を反映したエピソードではないでしょうか。
原油など商品市況の高騰が背景にあり、どうにか安くしたい若者が「同じ『軽』で油つながりだし走れなくはないっしょ」と軽く解釈したケースも多いのでしょう。デフレ社会での安月給下での局地的インフレが生み出した現象とみることもできるでしょう。ご都合主義の時代背景もあるでしょう。ディーゼル車とガソリン車の違いも分からず運転する人が増えた無知化社会の側面もあるでしょう。
トリセツや過剰アナウンス同様、軽油についてもはっきりと注意喚起しなければ訴訟沙汰……なんてこともあるのかもしれません。「太りすぎたのはマックのせいだ」などと訴えるような他力本願の社会にだけはならないでほしいものです。
(2007.11.11)
日本一に輝いた中日。先発・山井の完全試合がかかった最終回、1点差を守るために落合監督が下した決断は投手交代。結果は「継投による」完全試合となり53年ぶりの栄冠を掴みました。
この采配を巡って賛否は真っ二つに分かれました。半世紀ぶりの日本一がかかり、落合は日本シリーズ3度目の正直がかかる。日ハムには昨年の雪辱もある。負ければアウェイでの2戦となり、風向きがガラリと変わる可能性が高い。山井の指にはマメができていたし、徐々に球威も落ちていた。守護神・岩瀬には抜群の安定感がある。
最善策か、個人の偉業優先か。究極の2択で落合が選んだ決断は非情の交代。結果は奏功しましたが、歴史的な瞬間を見損なった気持ちは誰もが持ったでしょう。100年に1度の奇跡を捨てた采配に「小心者」「器が小さい」という酷評もありますが、小心者であればわざわざ火中の栗を拾う交代などしなかったでしょう。球団を最優先した名采配であり、球界や山井個人のファンに対して無情だったオレ竜。立場によって正解が変わる問いだけに、語り草となるであろう決断でした。
(2007.11.2)
有名人による麻薬事件はいつの時代にもなくなりませんが、違法性の線引きは国によってかなり差があります。大麻はタバコやアルコールよりも有害性が低いと主張する人もいて、ロシアや南米、豪州の多くの国・地域、米国やカナダの州の一部では合法薬物です。
嫌煙者の自分にしてみれば他者の健康にまで侵食するタバコなんかは大麻と同じレベルだと思うのですが、合法である以上、顔をしかめる以上のことはできません。逆に、「麻薬」の一語で覚せい剤を大麻と同列に扱うのはやや違和感があります。
違法行為であること、暴力団の資金源になることを考えれば悪質性の高さは同列ですが、言葉や法律の単純な仕分けだけに価値観を委ねず、結果がもたらす重大性の差を自分なりに判断する基準も必要だと思います。
(2007.10.31)
鮮度や産地を偽る食品偽装が続いてますが、あるブログによると丸紅食料本部社員の話として
新潟産コシヒカリは生産量の5倍流通
名古屋コーチンは生産量の8倍流通
国内産うなぎは国内生産量の7倍流通
関さばは漁獲量の10倍流通
北海道産毛がには漁獲量の10倍流通
大間のまぐろは漁獲量の15倍流通
しているのが実態だとか。
内部告発により表に出るのは氷山の一角で、実態は偽装天国のようです。それが証拠に補助金詐取を狙った2002年の牛肉偽装事件以来、食品の偽装行為は後を絶ちません。赤福餅など34年間も発覚しなかったのだから、少なくとも味の面では「完全偽装」できていたといえるでしょう。
偽装業者は「原価が劇的に安くなったのにばれない」となれば味を占める一方でしょう。あまり偽装食品ばかり続くようだと、隣りの模倣天国に「お互い様だろ」と開き直られてしまいそうです。
(2007.10.27)
昨日書いた「超回復」はもっと常識になっていいはずなのにあまり広く伝わっているようには思えません。部活動やプロスポーツで筋トレに必ず2日以上のインターバルを設けているという話を聞いたことがないし、日本ではウエイトトレーニングに対する理解自体が進んでないそうです。
世界的にはスポーツ各界でウエイトトレーニングの重要性が認められる中、「下手に筋肉をつけると瞬発力が鈍る」など根拠のない考えが国内の指導者やアスリートにはあるそうです。つまり筋トレ以前の問題。相撲部屋が象徴的かもしれません。毎日の稽古で苦しむわりには筋肉がつかないどころか、怪我のしやすい体づくりをしているわけです。その上、無意味な「かわいがり」で若い息吹を摘み取って、協会の最高責任者は居座って、時代に逆行すること甚だしいですね。
うさぎ跳びや膝を曲げない腹筋運動など、自分たちが小さい頃に奨励されていたトレーニングも現在は禁忌行為。昨日の常識は明日の非常識。間違った伝統を重んじる世界はあまり相手にしたくないものです。
(2007.10.9)
毎日鍛えても筋力は増強しないって知ってました?以下ウィキペディアより抜粋。
「筋肉は強い負荷を受けると、筋繊維の一部が損傷し疲労状態となり、一旦筋力が低下する。およそ36〜72時間で元の水準まで回復し、再び負荷を与えられた際に備え、元の水準を超え筋繊維を成長させようとする。この現象を超回復という。過負荷から48時間〜96時間が超回復期間とされ、この間は筋力が向上している。超回復期間中に再び過負荷をかけてやると、徐々に筋量・筋力がアップし続ける。逆に、超回復を待たずに毎日筋肉へ過負荷を与えた場合、筋量・筋力の向上が難しいばかりか、怪我につながる恐れもある」
毎日、腕立て伏せや腹筋をしてもなぜか筋力がアップせず、数日空けてやるとパワーアップしている。何となくその原理に気づいてはいたのですが、科学的に裏付けられていると知らず、どんだけ〜徒労を繰り返してきたことか! 無知ほど怖いものはないですね。男女の仲も食事も睡眠も筋トレも……間を置くことが大切。程よくサボる朝青龍が強い原因はこの辺にあるのではないでしょうか。
(2007.10.8)
ボクシングで言えばタイトル奪還をかけたリベンジのゴングが鳴った瞬間、「やっぱ棄権!」と叫んだようなもので、観客は誰一人納得できないでしょう。いくら空気を読めない首相でも最悪のタイミングであることは分かっていたはず……安倍首相は体調が相当悪いのかもしれません。
心筋梗塞の大平正芳、脳梗塞の小渕恵三。ここ30年で現役首相は2人急死してます。いかにストレスの多い激務か。他人の意見ばかり聞けば「優柔不断」「無能」「お飾り」と揶揄され、右か左に舵を切れば「独裁者」「右傾化「ばら撒き」などと批判される。名誉と引き換えにあらゆるプライベートも尊厳も失うと言っていいかもしれません。
98年7月まで首相を務め昨年敗血症性ショックで亡くなった橋本龍太郎は政治家のストレスについて「いくら飲んでも駄目、女を抱くしかない」と言ったとか言わなかったとか。ましていわんや首相となれば……森喜朗や小泉純一郎のような腹の据わった性格でないと務まらないかもしれません。その小泉氏でさえ、程なく髪が真っ白になったくらいだし。温和で政敵相手に誠意を尽くす安倍さんには……大層荷が重かったのでしょう。
(2007.9.13)
人は望んだ通りの自分にしかなれない。逆に言えば、望んだ自分になれる潜在能力を秘めている。一線で活躍する人は多かれ少なかれイメージトレーニングをしています。夢をメモしたり、目標とする人の写真を持ち歩いたり。でもこれは本当に真実なのでしょうか。
成功した人が「誰でもできる」と言いますが、イメージトレーニングした人のごく少数がその願いを叶えている可能性だってある。必要十分条件でなく、単に必要条件でしかないのかもしれない。これを証明する方法があります。数年後の目標を毎日、鏡の自分に言うなりノートするなりしてどれだけ近づいたかを実験してみるのです。
イメージがきちんとできれば、目標に至る道筋を具体的に考え実行する必要に迫られるでしょう。5年後でも10年後でもいいと思いますが、期間が短いほど目標に届くためにやらなければいけない時間は限られプレッシャーはかかります。人生は自己実現という作品を完成させるための制作期間なのかもしれません。できれば自他共に認める
芸術作品に仕上げたいものです。
(2007.9.11)
糖分の過剰摂取がもたらす弊害について過日書きましたが、功罪の判断に迷うのが人工甘味料。パルスイートの名称で売られるアスパルテームやスクラロースは、ノンカロリーシュガーとして活躍の場は広がるばかり。人気のゼロカロリーのコーラにも含まれてますが、甘い話に裏はないの!?
体に良いはずがないと思うし、一時期そのような噂もありましたが、被害報告や実証されたケースは特になく、安全なダイエット甘味料として普及しています。一方、人工と言って思い出すのが遺伝子組み換え食品や合成添加物(着色料、香料、保存料など)。生協フリークでもない限りこれらの成分と向き合わない生活は不可能でしょう。しかし、コンビニ弁当を数週間食べ続け体調がおかしくなったという話は自分の身近でも例があります。
味覚を科学的にごまかすということは、体内の要求に形だけ合わせるということであり、過剰摂取はどこかで栄養バランスの崩壊や精神的な異変を招く危険性があると思います。自然に対応して体が作られたことを考えれば、人工食品は常に予測し得ない副作用があるという疑いを持ったほうがいいのかもしれません。
(2007.9.10)
年金問題は横領まで飛び出す一方、閣僚や議員辞職もボロボロと出て、国や行政への信用はもはやメルトダウンしたと言ってもいいほど国民はいま、無政府主義的な厭世観に覆われています。
いずれも保険料や税金を巡る不祥事。横領社保職員の中には「年金は信用できず将来に備え貯金した」といった発言まであるそうで、怒りを一周し、たちの悪いジョークと考えるしかありません。
信用といえば、サブプライム問題に端を発する世界市場での信用収縮も実体経済に悪影響を及ぼしつつあります。リスクの高いローン債券を高利にして売りつけ、世界中に不良債権がばら撒かれてしまった、という無責任の連鎖のような事態です。通貨や債券は信用がなければ価値はなく、放っておけばデフォルトや恐慌になります。
政治不信や行政不信、国の借金膨張で、日本という国の信用がじわり目減りしており、デフォルトに向かっていることを、私たちはもう少し自覚しなければ、大変な未来を子孫に手渡すことになってしまいます。
(2007.9.5)
自分にとって奇跡の再会が3つあります。小学3年の時に引っ越した友人と、転校先の中学でばったり再会。小学時代の親友と高校入学時に再会。いずれも学区内ですが、数十ある中高でたまたま同じ学校に来た奇跡にビックリしたものです。
もう一つは、最初の赴任先である佐賀での取材先懇親会で、高校の同級生と読売・朝日の立場で再会。同じ職業で別々の会社という偶然もさることながら、東京から佐賀という遠隔地での再会に言葉が出なかったのを覚えてます。
つい最近、財布に沖縄エキスポ'75の100円玉記念コインが入ってました。釣銭として受け取ったようですが、見慣れた100円玉でないため自販機以外では使い難く、外れくじを引いた気分でした。
流通量や使用頻度に拠りますが、貨幣は数十年で戻ってくると聞いたことがあります。私たちは財布の中で数々の「奇跡の再会」を果たしているようです。このコイン、間違いなく通常の100円玉よりは希少品なので、手放したら一生、奇跡の「再会」はないでしょう。奇跡の「出逢い」として、お守り代わりに取っておこうと思います。
(2007.9.4)
トリュフ、キャビア、フォアグラ。これら世界三大珍味と言われる食材に値段ほど感動した人はあまりいないと思います。必ずしも美味しくなくても、供給が圧倒的に少なければ、需給バランスで価値が跳ね上がる。値段差は必ずしもそれ自体の持つパフォーマンスの差ではありません。
その辺を忘れて、どうしても高いモノに対し、「いったいこれのどこがいいんだ?」と内心思いながらも、皆がありがたがってるために実際以上の評価を与えてしまっていることはないでしょうか。
ブランド物なんかはその典型です。数週間前のエコバッグ騒動など、本来の趣旨から外れた取り合いが滑稽そのものでした。中国の需要過多で急騰するマグロも、どことなく味に「ありがたや」のプレミアムが付いてませんか?
最近のマイブームは蒟蒻畑。これが希少品だったらグルメ番組で「食感の奇跡やぁ」とか言って大絶賛しているだろうな……と想像し、「本当の感動は身近にあるんだよな」と思って食べたら、いつも以上に心地よいプニュプニュ感でした。
(2007.9.1)
左に行き過ぎれば右に反動し、右に偏れば左に反転する。どんな物事もシーソーのようにバランスを取る動きはあるものです。
27日発足した安倍改造内閣はお友達内閣からベテラン内閣に舵を大きく切ってひとまず支持率も上昇しました。「これを選挙前にやっていれば……」と悔しがる落選議員も多いようですが、政権発足時にもしこの顔ぶれだったとするならば、「派閥政治の復活」「構造改革後戻り」などと痛烈に批判されたに違いありません。
事務所費問題、年金問題、失言問題……と不祥事の数々を経て、世間は鮮度よりも安定感を求め、今回の評価につながったと言えます。KY(空気読めない)と揶揄される安倍さんが漸く世間の空気を読んだ結果かもしれません。
単なる後戻りか、改革前進に向けた脱皮か。支持率上昇は新内閣スタートのご祝儀に過ぎません。真価はここから問われます。
(2007.8.29)
先日23日、グッドウィルの派遣労働者が就労時に1日1人当たり200円の「データ装備費」を徴収されていたとして26人が総額455万円の返還を求め東京地裁に提訴しました。この問題は以前から告発する声がありましたが、広告主としての強みか、メディアが取り上げることはなく、コムスン問題でようやく報道のメスが入ったと言えます。
データ装備費?まずもって意味が分かりません。業務遂行に必要な装備品や損害保険料を、本来負担すべき会社でなく派遣労働者に負わせるための費用だそうです。小口の連続詐欺と言っても過言でないと思います。
1日200円ですから、立場の弱い労働者側としては声高に言えずほぼ泣き寝入りでした。しかし、8年間で約40万円を徴収されたケースも。年間徴収額は15億円、経常益67億円の4分の1近くです。「たかが200円」で済む問題ではありません。
この会社、グッドウィル=善意など、言葉のレトリックを駆使して悪意を隠すことに長けているようです。日本経団連理事まで務めた会社がこんなことをしていたのですから、モラルハザードな世の中になったものです。
(2007.8.26)
格差社会と言われて久しい昨今ですが、地位や収入同様にサービス格差も大きくなったなぁ、と感じることがよくあります。時代の象徴とも言えるネットカフェはこの時期、避暑代わりの利用も多く、平日満席も日常茶飯事。ドリンクだけでなくソフトクリームもセルフサービスの店が増え、一服には最良の場。フットマッサージの無料サービスがある店によく行きますが、専門の店にいけばマッサージだけで2000〜3000円なので重宝します。
ネットの世界では、グーグルアースやハイスペックのオンラインゲームはどれも無料だし、動画もyoutubeを筆頭に「ああ、見逃したぁ」というテレビ番組も翌日にはどこかの動画サイトで見ることができます。提供側は直接収入でなく広告料や間接的な手数料収入で賄い、利益構造が複雑化してきているとも言えます。
社会の合理化がもたらした副次的利益とも言えますが、こうした情報に聞き耳を立てる努力の一方、過ぎたるサービスで無気力にならないように注意しないといけない時代のようです。
(2007.8.25)
毎日うだるような暑さのおかげでジュースやビールをよく飲むようになりました。お腹が出るのも気になるところですが、それ以上に心なしか気分が落ち着かなくなったような気がします。
糖分を過剰摂取するとインスリンが分泌され低血糖を起こし意欲の低下・不安などの精神症状に陥るそうです。そこで血糖値を上昇させるため副腎皮質ホルモンのアドレナリンが分泌され、ストレス過剰な状態になるそうです。
「キレる脳」はこの糖分摂取が原因ではないか、と最近の雑誌にも載ってました。同じ糖分の中でも精製された糖質、砂糖やぶどう糖果糖液糖、それらが入ったお菓子やスナック、清涼飲料水、白米や白パンなどの精製された穀物が低血糖を招きやすいそうです。
うーん、最近食べてるモノばかり……。「食は人格なり」と言っても過言ではないかもしれません。ただでさえ体が溶けてしまいそうな今こそ、きちんとしたモノを食べて滋養強壮をつけたいものです。
(2007.8.24)
中国製品の信頼性に疑問符が付くニュースが絶えません。段ボール入り肉まんは一応「捏造」という形になりましたが、本日は食品添加物や化学薬品などで合成した「人造卵」が同市内で販売されていると報じられてます。
「人造卵」は、ゆで卵にして食べるとゴムのような食感で卵の味はせず、食べ続けると記憶力が減退したり、認知症の症状を招く可能性があるとか。人体に害を与えるという意味では害毒です。
土用の丑の日に安いウナギを見つけても「中国製」と書いてあれば手が出なくなってしまいました。安かろう悪かろう、の典型です。九州では飛来する黄砂や排ガスのおかげで景色が霞む日が多くなりました。
関わりたくなくても魔の手が伸びる。中国への不信と脅威がじわりと生活に入り込んでます。
(2007.8.15)
新潟県中越沖地震によって自動車部品大手リケンが操業停止になり、国内大手の自動車生産が一時全面停止に追い込まれました。
地方の部品工場が停止しただけで自動車メーカーが機能停止する展開に意外な気がしました。トヨタを世界一に導いた在庫を持たない「ジャスト・イン・タイム」の受発注方式が今回に限ってアダになったようです。
世界的に企業の合併・買収が進む中でも、地方の果たす役割は大きいのだということも示してくれました。生産停止になったにもかかわらず、役割の大きさを見直されたリケンの株価は急騰しました。
一極集中と地方分散、マイナス材料がプラス材料に、と相矛盾する現実の動きでもあります。地震は不幸な出来事ですが、復興援助の中で助け合う心が希望の光を灯すことを心より願います。
(2007.7.24)
村上ファンドの前代表村上世彰被告に懲役2年の実刑判決が言い渡されました。2年前の絶頂期、堀江被告(懲役2年6か月の実刑判決、控訴)と対談し「日本では出る杭は打たれる。その時は海外に出る」と語っていたのを思い出します。
実際に出る杭は打たれ、シンガポールに出たまでは良かったですが、時すでに遅く公権力に絡め取られてしまいました。「額に汗して働く人が憤慨するような不正を摘発したい」と語った東京地検特捜部も溜飲を下げたかもしれません。
一方で昨年末、180億円の利益水増しに基づき社債500億円を発行した「より悪質な」日興コーディアルの旧経営陣には何ら司直の手は伸びず、企業自体もシティグループ傘下になり上場が維持されています。シティといえば過去に日本のバブル崩壊を招き大儲けした証券会社が合併したグループ。同じグループのマネックスは担保価値ゼロにする発表でライブドアショックを招きました。
これだけ市場を弄んでも何ら法に問われない現状を見るにつけ、背後にちらつく英ロスチャイルド財閥の圧力が社会正義を嘲笑っているように見えます。(2007.7.19)
ジョギング中、疲れたときにニッコリ笑ってみると、不思議なことに少しだけスタミナアップして走る気力が沸いてきます(傍目には気色悪いのですが)。勝手に「スマイルチャージ」と名付けているのですが、先日の日経夕刊のコラムで「笑う門には福来たる」というタイトルでこれに似た面白い実験結果を紹介してました。
歯にペンを咥えて強制的に笑顔にした状態、同様に笑顔にできない状態でそれぞれ漫画を読ませると、笑顔で漫画を読んだ人の方がより面白いと評価したというのです。楽しいから笑うだけでなく、「笑うから楽しい」という逆もまた真なりという結果が浮かび上がったそうです。
コラムは最後に仏研究者の言葉を紹介してます。「あなたが笑顔でいれば、世界も一緒に微笑んでくれるだろう」。以前紹介した「ツキの大原則」にもつながる法則です。楽しい状態が体内からエネルギーを引き出してくれるんだぁ、とスマイルチャージの理由が分かったようで、ちょっとニッコリしちゃいました。(2007.7.13)
ホープという言葉を聞くと、昔よく行った東京・吉祥寺のラーメン屋「ホープ軒」を思い出して本能的に唾液が分泌されてしまいます。
言葉に対するイメージは人それぞれあると思います。共通のイメージもあるでしょう。かつては没個性的だったイチローという名前も、リードオフマンの出現で誰が聞いても記憶に刻まれるスターの名前に変貌しました。昨日はとうとうスターの中のスターになってしまいました。
脳内に醤油とんこつのマッタリ味が再現されたホープという言葉のイメージも、ミートホープのおかげで偽装肉に塗り替えられてしまい、唾液が分泌されるイメージは払拭されてしまいました。
年金、事務所費、度重なる釈明会見……「役所」「政治」という言葉に信頼を重ねる人は元々少なかったとは思いますが、ますます胡散臭い耳障りな用語へとイメージダウンしていくようです。
(2007.7.12)
ビリーズ・ブートキャンプのDVDが5月には20万セットが販売され、その後、本人の来日でさらに売れまくってるようです。
一方の米国では数年前にブームは終わり、昔も今もDVDは日本のセット価格1万5000円に対し、約3600円とか。内容も軍隊の訓練を真似たものではなく、テコンドー(Tae
Kwon Do)とボクシング(Boxing)を組み合わせた「タエ・ボウ(TAE BO)」というフィットネスで、一昔前に流行ったボクササイズに似たもののようです。
しかし、今さらボクササイズを持ち込んでもちょっと流行遅れになってしまう。そこで、「軍隊方式」という新たなフィットネス方式でトレンドを作り出し、流行りだすと誰も彼もが飛びつく日本人の習性を上手く商売に生かしたのかもしれません。
ハンカチ王子やハニカミ王子と言っては飛びつく節操のなさはマスコミにこそ大きな責任があるんでないかと、今回のビリー・ブランクス来日での報道を見て実感しました。
(7月11日)
NYのホットドッグ早食い大会で大会6連勝中の小林尊さん(29)が自己新の12分間63個を食べながら、3個差で惜しくも負けてしまいました。
常人であれば6個でもキツイだろうに、10倍も食べてしまう「超人」同士の闘いです。陸上競技などの記録モノは訓練すれば世界記録のダブルスコアくらいまでには届くものですが、ホットドッグはどう「腸ねん転」したところでせいぜい5分の1程度。
小林さんも最近よく見るギャル曽根も大食いなのにまるで太らず「食べ物をそまつにするな」と言いそうになりますが、彼らはきちんと食べた上であの体格。努力では賄えない世界もあるもんです。
(7月5日)
イングランドで1日、禁煙法が発効し、公共の場所や企業の職場および企業の車の中などでの喫煙が禁止され、違反した個人には最高200ポンド(約5万円)の罰金が科せられます。
これにより間接喫煙が減少し、国の健康保険の負担が年間14〜17億ポンドも減少すると英保健省は予測しています。欧州では2004年3月のアイルランドを皮切りに、ノルウェー、イタリア、マルタ、スウェーデン、ラトビア、リトアニア、フランス、フィンランド、アイスランドで何らかの形で禁煙法が導入されました。
飲食店や休憩所などにいると、悪びれもせずに喫煙を始める人がいます。注意したくなりますが、禁煙場所でないため注意もできない。法整備が遅れているなら、せめて日本人の美徳でもあるマナーや気配りに期待したいものですが、空気を読めない人間に限って空気を汚す。
こんなつまらないことで少しずつこの国に誇りを持てなくなる自分がいて、タメ息が出てしまいます。
(7月2日)
疲れた状態で映画鑑賞をした際、集中力がないために内容が頭に入らず、観終わってから何の印象も残らないことがあります。
読書でも「読まなきゃ」と思いながら集中力がなくて字面を追うだけで、気づいたときには数ページ前から内容が頭に入ってないことも。
絵画でも、何かを感じ取るエネルギーなり集中力がない時に観ても早く観終わることしか念頭になく、「観ながら観なかった」ということは往々にしてあります。
映画も読書も芸術鑑賞も、あるいは勉強でも、それに触れる意欲は大切ですが、意欲と同様かそれ以上に、きちんと体調管理や集中力を高め、小から大を感じ取る準備をしていないと、時間のムダに終わってしまうことも多いのではないかと思います。
(6日19日)
仕事でも勉強でも、集中力のある時とない時では成果が10倍も20倍も変わってきます。この集中力、いくら高めたくても気分が乗らなければ高まらないし、高まったかと思うとすぐに逃げてしまう。時間も不規則で、えてして夜中に突然高まり、生活が崩れてしまう経験は誰しもあるでしょう。
かつて、受験勉強をしていた頃、「勉強」と聞くだけでエネルギーの半分が減退されるほど、主体的には取り組めない「暗黒の日々」でした。そこで、必ずしも高まらない集中力を補う手段として1度勉強したことを翌日必ず目を通し、さらに1週間後に再び目を通すことを徹底しました。
本来なら2週間後に3回目の復習をするのが効果的だそうですが、復習はつまらない勉強の中でも最も面白みのない作業なので、2回だけは徹底するようにしました。すると、少ない集中力でも次第に記憶の道筋をつなげるシナップスも強くなり、成績も実力以上のものになっていきました。
何かを取り組むにはまず集中力を高める。うまくいかないなら、それを補う手段を考える。遠回りなようで、最短の距離を行く方法じゃないかと思います。
(6月16日)
人の恋路を語るのも何ですが、元コアラと三原じゅん子が離婚協議中であるとの芸能ニュースに、「ああ、やっぱりな」と妙に納得してしまいました。
小柳ルミ子と大澄賢也、IZAMと吉川ひなの……周囲が引いてしまうほどアツアツのカップルは、ヒートアップする愛情の中で結ばれる分、冷静に相手の欠点を織り込んでないため、一時の熱が冷めてくると、夢から覚めるように落差を感じてしまうのではないでしょうか。
結婚時にそれぞれの立場に格差があるというのも共通してます。現実に戻って格差が価値観の違いとなって現れる面もあるのかもしれません。
逆に結婚後におしどり夫婦としてテレビによく登場する高橋・三船夫妻や健介・北斗夫妻のようなケースも最近はよく見かけます。一緒に稼ぎながら2人の想い出も重ねて、絆は強まる一方でしょうね。こちらは理想的な夫婦像に見えます。
(6月14日)
社会保険庁が設けた「ねんきんダイアル」。電話口で平謝りする方々は時給1050〜1100円で集められた派遣のパートだそうで、下記の募集広告が出ています。
[契]年金に関する問合せ対応(1)(2)電話対応(3)リーダー業務時給(1)(2)1050〜1100円(3)1300円
150名の大量募集。電話で苦情を伝えたところで生え抜きの社員には届かず、安い手当で雇われたパートさんが謝罪するだけということです。
その手当さえも税金で賄われるでしょうから、社保庁職員を糾弾すればするほど民間の血で贖われるというアリ地獄にしかなりません。
天下り公務員の豪邸がテレビで紹介されたりすると「国によるオレオレ詐欺だ」という指摘もあながち言い過ぎじゃないな、と呆れかえります。
(6月13日)
昨日、「記者会見もしない」と書いた直後に会見していたのでちょっと体裁悪いのですが、結局、折口雅博・グッドウィルグループ会長は引責もなく、謝罪のみでした。
急伸する企業は押しなべて創業者の強力なリーダーシップで目標へと突き進むワンマン経営ですが、今回もまたコムスン社長だけが辞任するという事業所同様の「尻尾切り」で急場を凌ごうという腹づもりに見えます。
ウィキペディアで「ブラック企業」を引くと、新興企業そのものの説明にもなっており、希望と絶望は紙一重のようにも映ります。GWGは所謂「ブラック企業偏差値」にもしっかり名前が連なってます。
グッドウィル=善意のもとに働く従業員や利用者を裏切らない経営をしてほしいものですが、上層部が保身ばかり考えていては、根本は何も変わらない気がします。
(6月9日)
訪問介護大手「コムスン」が介護報酬を過大請求したとして厚労省から事業所指定打ち切り処分を受けました。親会社のグッドウィル・グループ(GWG)は別子会社に事業譲渡する「処分逃れ」をしようとして批判を受けています。
折口雅博・GWG会長はディスコ「ジュリアナ東京」「ヴェルファーレ」を立ち上げた実績を持ち、95年のGWG設立からわずか9年で東証一部上場を果たし、売上高1859億円の巨大グループに成長させました。CMや街中でコムスンやモバイト・ドットコムの文字を見る機会も少なくありません。
2000年にコムスンを立ち上げた際、折口会長は「介護事業はビジネスチャンス」と発言し話題にもなりました。急成長の一方で、各事業所の指定取消処分のたびに廃業届を出すトカゲの尻尾切りを繰り返し、とうとうコムスン自体がカメレオンのように擬態化して逃げ切ろうとしたように見えます。
批判されても会長は会見を開こうともせず、「介護」という羊の皮を被った狼が化けの皮を剥がされ、正体を現せなくなったようです。最低限の責任を果たすべきだと思いますが、親子会社のあるミッドタウンと六本木ヒルズの映像を見ながら
「またか」と言いたくなります。
(6月8日)
自宅の住所を2文字で返還できるように登録していたら、ミス変換で出てきた自宅住所入りの文章を不特定多数が閲覧するチャットにアップしてしまったことがあります。
そのまま時間と共に削除されてホッとしましたが、一瞬の入力ミスでひとたび流出すると悪意の第三者によってWinnyやコピペであっという間に大増殖する可能性がないとは言えません。
一方、労力を惜しんで適当に入力した怠慢で5000万件の年金納付記録が消えてしまったと冗談のような現実を突きつけたのが社会保険庁。入力さえしていない分も1430万件出てきて、開いた口が塞がらない不始末。
流出も抹消も簡単な情報化時代ですが、どちらも取り返しのつかない大混乱になることだけは共通してます。便利さにばかり頼っていると情報管理が置き去りになってしまうのは国も個人も同様ですね。
(6月7日)
「社会人に出て車を乗り回すようになると、お前らあっと言う間に腹が出るからな。自転車だけは乗り続けなさい」
20年前、中学最後の授業で体育教諭から贈られた言葉です。高校に入ってすぐに原付バイクに乗っていた自分には大して意味のない言葉だったのですが、今になっていいアドバイスだったとよく思い出します。
当時はメタボリックという「日本語」もなかった前世紀の話ですが(ちょっと大げさ?)、今でも憶えているのだから、なかなか実用的なアドバイスだったといえます。
これまた当時は地球温暖化という「日本語」さえ産声を上げたばかりだと思いますが、今では健康にも地球にも優しい乗り物といえるでしょう。個人的に期待していたセグウェイが全く普及しなかったので、自転車が今後もっと見直されないかと期待してしまいます。
(6月6日)
標識による指示がない限り自転車は歩道でなく車道を走らなければいけない、というのが道交法で定められているそうですが、その事実を知っている人はあまり多くないと思います。
最近、コスト削減と環境配慮の両面から自転車を愛用していますが、大通りで車道を走ろうとすると自転車が通れる道幅がほとんどなく、後方から車が近づこうものなら「邪魔だ」と怒鳴られそうで、とても車道を走れません。自分が運転する側になってもそう思うでしょう。地球に優しい側が卑屈になる街づくりって妙だと思いませんか。
ドイツやカナダでは、自転車専用の道路があるだけでなく、電車にも専用車両があったりと自転車に優しい街づくりをしています。
クールビズやパーク&ライドを推奨するだけでなく、サイクリストに優しいインフラを整備することが何よりも効果的だと思うのですが。そんなことを主張する政治家や社会的リーダーがいないのは、エコを口にしながら車しか乗らない人や利益にならないと判断する人ばかりなのでしょう。
(6月5日)
ZARDの坂井泉水さんが亡くなりました。1993年に出した「負けないで」「揺れる想い」の大ヒット後もメディア露出が極端に少なく、神秘のベールをまとったイメージ戦略が奏功して人気を誇ってきました。
ニーズに応えて露出すればすぐに飽きられるのがエンターテインメントの常道。それを逆手に取った横顔ばかりのジャケット写真がリスナーの興味をくすぐり続けてきました。
WANDSやT−BOLAN、DEENなど「ビーイングブーム」の代表格として一時代を築いた記憶も新しいまま、最期までベールをまとってのピリオドに惜別の想いは募ります。
歌い手を知らずとも、名曲だけはいつまでも人々の耳に残るでしょう。
(5月29日)
最近、ネットカフェやファストフード店を根城にした新手の若者「ホームレス」が増えてるとかで、社会問題になりつつあります。大阪府警はネットカフェを一斉立ち入り調査をしたとか。
最近のネットカフェはコインランドリーもシャワー室もあるし、歯ブラシ、ドライヤーから弁当、お菓子、フリードリンクにマッサージチェアと、快適に暮らせる道具も一式揃い、夜間のパック料金を使えば一泊2000円程度で済むため、うまく利用すれば賃貸アパートよりも安く生活できてしまう点が「ネット難民」急増の背景にあるようです。
かくいう自分もよく利用しますが、究極的に合理化された空間は居心地がいいと同時に、究極的に人間性を排除した空間であり、利用し過ぎると生活感のない非常識人間になってしまうような気がします。
(5月26日)
電球を発明したエジソンが2000回に及ぶ実験に失敗した際、周囲がすっかり諦める中「フィラメントになりそうな物質は5500種ほどある。あと3500。じきに見つかるよ」と気にしませんでした。
「五体不満足」の乙武洋匡さんは「障害は不便だが不幸ではない」と自らの境遇を題材にベストセラーを生み出し、大学卒業後はスポーツライター、小学校教諭と望むままの人生を生きている。
人々が不快に考える状況でも彼らは「快」と判断する。ツイている人間というのは皆、この考え方を持っており、運やツキのある人々は同じような人々が集まり互いに吸収しようとするからツイている人間の周りにはツイている人間が集まる。つまり、運やツキは偶然ではなく、考え方なのだ……こう主張している本「ツキの大原則」を読んだのですが、「なるほど」と思います。
長嶋茂雄や新庄剛志が大一番で活躍したのは過去の成功体験により頭の中ですでに成功が実現されていたから、イメージが現実になったというのです。物事に取り組む際、まず「快」から入るって、大切ですね。
(5月24日)
PCを買い換えたりデザインソフトを一新して使い方を学習したりしている間に、ページの更新が2か月も途絶えてしまいました。ご愛読いただいている方には申し訳ありませんでした。
色々と一新している間にも更新できないわけではなかったのですが、いったん離れた物事に対して億劫になってしまう悪い癖だと思います。更新作業はソフトを起動して文章打ってアップロードすればいいだけなので、スムーズにいけば10分とかからない作業なのですが、間が開くとその単純な作業が何となく高峰に見え、「ま、今日はいっか」となってしまうのです。
仕事に限らず、語学やウェブマスター、ギター、ジョギング、釣り……と、中途半端に滞っている自分周りの何れもが高い山に囲まれて立ち竦んでしまっているような心持ちです。
どれも
「やらなければ」と自分にプレッシャーをかけるほど現実逃避に走るようで、取り組む際にはまず「○○を楽しむぞ〜」と心中呟くことを心掛けたいと思います。不定期になるとは思いますが、またどうぞ宜しくお願いします。
(5月23日)
大相撲春場所は白鵬が優勝しましたが、何ともつまらない内容でした。千秋楽結びの一番で朝青龍が立ち合いに変化してはたきこみの省エネ相撲で決定戦へ。決定戦では白鵬が同じ変化であっさり勝負あり。朝青龍は身から出たサビというか、相手を「卑怯だ」とも言えずただただ苦笑。
以前、「ルールに則れば勝負に徹するのも一つの美学」と書いたことがありますが、千秋楽結びの一番と優勝決定戦は、プロ野球でいえば日本シリーズ第7戦9回裏二死満塁といってもいい状況。そこで4番バッターと対決せずに、エースが隠し球を使って勝負が決まったら、ファンは納得いくでしょうか。
前日、世界フィギュア女子で極限の緊張感を見事な結果に変えたアスリートの姿を見た後だけに、緊張の抜けた勝負に尚更ガッカリ。大相撲の不人気は今後もエスカレートするんじゃないかと思わせる結果でした。
(3月26日)
本当に恐ろしいのは知らないことではなく、知っていると思い込むことだ、という戒めをよく耳にします。先日観た「不都合な真実」でもそのような表現が出てきました。
私たちは温暖化がCO2排出量によってもたらされていることは知っているし、このまま排出し続ければ加速度的に気温が上がることも理解している。。。つもりでいる。
では、そうならないために何ができるか、と考えたときに便利な生活の一部でも犠牲にしようと思う人がどれだけいるかと言えば、残念ながら話題に比例して劇的効果が表れているようには見えません。
まずは「自分が本当に知っているのか」と無知の知を自覚してほしい。そして、この映画で少しでも自分自身の問題としてとらえてほしい、と思わずにはいられない「崖っぷちの危機」を実感すると思います。
(3月22日)
つい先日「啓蟄だ」などと言ってたら、きょうはもう春分。年を取るほどに歳月が早送りになってきて、困ったもんです(完全に爺さんのボヤキになっている)。
昨日は卒業式が多かったようで、着物姿の女性や若人の集団を多く見かけました。彼らにとっては忘れがたい1日になったはずで、おそらく2日後には何をしていたのかも忘れてしまう自分とは密度の全く異なる時間を過ごしているなぁ、と遠巻きに眺めながら想像しました。
別れの涙も新生活への不安も、後になって振り返れば自分を成長させてくれた轍となり、良い思い出になっている。人間には思い出を浄化する能力があるから、何もない1日よりは多少困難があっても記憶に残る毎日を積み重ねる方が、自分を切磋琢磨する「ヤスリ」になるんじゃないかと思います。
凪よりも嵐をくぐることで航海技術は高まるということでしょう。そんなことを考えながら、「自分探しの旅」をしたくなってしまうきょうこのごろです。
(3月21日)
色は色相、明度、彩度の3要素で構成されています。色相は色の種類そのもの。明度は色の明るさ。彩度は色の鮮やかさ。どれひとつ欠けても目に飛びこむ自然の風景を描くことはできません。
政治経済でも社会でもスポーツでも、或いは個人でも企業でも、映画や音楽のエンターテインメントでも、格差が進んで白か黒かの二律背反しかなくなっている現象が多い気がします。
いままで中間地点にいた卸売業者だとか近所の商店街だとかが淘汰され、合理的だけれど深みのない社会になりつつある……色でいえば白か黒かの明度の基準だけで深みがなくなってきているような気がします。
かくいう自分の価値観がそのように合理化されてきたから社会に置き換えて嘆いているのですが、少ない尺度だけで物事を評価すると正しくない結果や後悔が訪れることも多く、もっと豊かな色合いの人間になりたいと思いながら抗えない波に呑まれているイメージが消えない今日このごろです。
(3月14日)
きょうは二十四節気のひとつ「啓蟄」。冬眠していた虫が穴から出る時季になりました。ニュースなどではすでにクマやらカエルやらが動き回っているようで、例年通りの実感が沸かない「時差ボケ」になってしまいそうです。
天気の方は全国的に冬型の気圧配置で、前日のような強風ではないけど、久しぶりの肌身に凍みる寒気。こんな天気だと普通は気持ちも低温になるところですが、温暖化の激しさに、寒くてホッとする自分がいます。
街路樹もそこここに蕾を膨らませ、春の訪れを待っています。春を飛び越えてすぐに夏が来るかもしれないので、ひとときの季節をできる限り早起きして暁のエネルギーを全身に浴びる習慣を続けたいと思います。
(3月6日)
弁達者な政治評論家や経済アナリスト、スポーツ解説者は、えてしてプレーヤーとしては二流であることがあります。「医者の不養生」「言うは易し、行うは難し」などとも言います。
地球温暖化の危機を訴えた映画「不都合な真実」でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したアル・ゴア元米副大統領に対し、地元の保守系シンクタンクが地元電力会社から得たデータをホームページで公開、「自宅では大量の電気やガスを消費している」と批判しているそうです。
訴えた自分は特別功労者だから地球に多少厳しいことをしても許されると考えているのでしょうか。この実態こそが「不都合な真実」ではないかと糾弾されても仕方ありません。
取り組むテーマは違えど、理屈でなく自ら実践し続けたマハトマ・ガンジーやマザー・テレサの説得力や志には遠く及ばないように思います。
(3月5日)
昔、海辺に打ち上げられるゴミ屑を見ながら友人が「何かお金になるもの打ち上げられないかなぁ」と言うので、「あそこに山積みされてるじゃん」と、消波ブロックを指して言った覚えがあります。
1個10トンの消波ブロックで15万円相当。100個も売り捌けば1500万円になります。そんな想像はしてみても、災害から市民を守る公共の「防波堤」を盗んで懐に入れるなんてあり得ないし、モラルがなくても重いし買い手が見つからないだろうから、現実的ではなく、ジョークになったのです。
最近、半鐘やら送電線やらマンホールのフタやら、果ては滑り台まで盗み出す金属窃盗が相次いでます。無くなれば市民生活に重大な支障をきたす重い公共物という共通点で、消波ブロックの話を思い出したのですが、あり得ないと思っていた空想話が現実になる世の中のようです。
個々の労働が、暮らしを少しずつ豊かにする。そんな社会の発展を「破壊」という逆流によってお金を得て何が楽しいのでしょうか。給食費の滞納にも通じる、自分勝手社会の象徴的な現象にも見えます。
(3月4日)
安全面からあまりやるべきことではありませんが、赤信号で立ち止まった際に目を閉じると、タイヤや風の音などから、目前を通る車がどんなタイプなのか想像できます。耳に集中していると、アスファルトの擦れる音やブレーキの音など、様々な情報が耳管を通じ脳に届きます。
もし車が突っ込んできたら……もし誰かに突き飛ばされたら……そんな緊張感が集中力につながり、ふだんは聞き流している音の数々に意識して目前のビジョンが見えてくるようです。
目の不自由な方の聴力は非常に発達しているという実験結果があります。なるほど、こうした緊張感や集中力を常時続けていれば、同じ条件で聴いた音も全く異なる認識力になっても不思議ではありません。
テレビに出始めた若手女優はみるみる美しくなりますが、常時見られている緊張感が「美しくなろう」とする様々な効用をもたらすのでしょう。適度な緊張感は偉大な集中力を生み出し、進化の手助けになるようです。
(3月1日)
良くも悪くも世界がつながっていると実感させる世界同時株安です。中国が投機抑制策を講じるとの思惑で上海株が約9%下落。これを受けた米国市場は高値警戒感や一部の景気減速発言も重なり、売りが売りを呼ぶセリング・クライマックス。NYダウは416ドル安の大暴落で、一時は546ドル安。1987年10月19日ブラックマンデーの508ドル安を上回る下げ幅を記録しました。
目一杯バネを伸ばしたタイミングだったこともありますが、奇しくも「中国がくしゃみをして米国が風邪をひく」現象でした。米国と日本の関係そのもの。昨年の世界同時株安では、米国に端を発してインド株も急落、連鎖反応が続きました。
中国もインドも昔からボラの高い「新興国株」で、その騰落が「横綱」である米国に波及することはあまりありませんでした。地域のリスクリターンがダイレクトに地球の裏側まで到達する時代。国同士で手を合わせ解決しなければいけない問題は、核やテロ、地球温暖化……と増え続けているように思います。国同士がM&Aで合併し相乗効果を発揮できれば様々な問題も解決できそうですが……絵空事でしかないのは、人間社会の限界なのかもしれません。
(2月28日)
健康志向が高まる中で、毎日ゴシゴシと垢すりタオルで体を摩擦する人は多いと思います。しかし、手足や顔以外は軽くすすぐ程度で、石鹸で体全体を洗うのは週1、2回にしておく方が自然な油分が残るので皮膚にも健康にも良いそうです。
ゴシゴシ洗えば新陳代謝も促進されそうな気がしますが、無駄に体を削ることが健康に良いはずはありません。垢すりタオルを使わずに泡立てた石鹸を体に塗るだけでも表面の老廃物は同程度に落ちた、という実験結果を以前テレビで見た記憶があります(捏造だったりして……)。ただ、週一度くらいはきちんと洗わないと油分が溜まるので痒みを感じるかもしれません。
これもまた「過ぎたるは及ばざるが如し」の類で、潔癖すぎると肉体的にも精神的にも健康から遠ざかってしまうということでしょう。自分も垢すりタオルを手放すことはできませんが、この時期だけはできる限り利用回数を少なくするよう心がけてます。
(2月27日)
第79回アカデミー賞で助演女優賞に「ドリーム・ガールズ」のジェニファー・ハドソンが輝き、ノミネートされていた菊地凛子が惜しくも受賞を逃しました。「ドリーム・ガールズ」はビヨンセが主役なのに、観終わって最も印象に残るのはジェニファー・ハドソンの歌声と劇中の生き様。彼女の役どころなくして成立しなかった映画で、むしろ実質的な主役だったと言っても良いでしょう。
そんな作品とぶつかってしまった菊地凛子は不運でしたが、逆にバベルでの大役に出会えたのは人生最大の幸運。幸い中の不幸だったという意味では、何ら損してないでしょうし、下手に今回取っていたら目標がなくなってしまったかもしれません。
作品賞も満場一致で納得できる年と、どっちが選ばれても大差ないような年とあります。関係者にとっては興行収入に大変な差が出るでしょうが、同じ受賞でも年によってかなり真価にばらつきがあるのが実態のように思えます。
(2月26日)
記録的な暖冬が終わろうとしています。2月は1年で最も寒い月だったような気がするのですが、今年は3月が2ヶ月分あるような体感温度(ていうか3月は桜が満開になって4月になっちゃうのでは……)。例年この時期は「スノボ行きたいなぁ」と思うのに、冬すら来た実感もありません。
これが今冬だけなら杞憂ですが、一昨年は台風・ハリケーンの異常気象、今年は観測記録を塗り替える暖冬。温暖化を懸念しない人は余程地球に無関心か、自分周りに忙しい人では。
どんなに文明が進歩しても人間は自然を支配できないと言われてきました。それが、大気の構成を変えることでいとも簡単に気候変動できてしまったように見えます。独裁者が地球を破壊しようと思うなら、核なんか時代遅れ。森林伐採や原油浪費でCO2を排出し続ければ人類の寿命をその手で縮めることができちゃうかもしれません。
いまそこにある危機を1人ひとりが当事者として自覚し、どんな地球を子供たちに託したいか、そのために生活の中で何ができるかを真剣に考えないと、100年後「あの頃が転換点だった」と振り返ることになってしまいそうです。
(2月25日)
一昨年あたりから3月頃になるとクシャミをするようになり、「花粉症じゃないよな。風邪……風邪の噂だ(!?)」と自問自答していたのですが、一昨日あたりから明らかにクシャミが多くなり鼻水も出る始末。
風邪に発展する気配もないので、残念ながら悪しき現代人の体になってしまったようです。さほど症状もひどくないので気になりませんが、「ハウスダストのせいかな」「不規則な食生活のせいかな」「不規則な睡眠時間のせいかな」と、原因を考え出すとキリがありません。
信じない者は罹らないと信じていたのに、満を持して罹患したようで未だに現実を受け入れられない状態。クシャミをするたび、「信じまい信じまい」と空念仏を唱えてやり過ごす季節がこれから毎年訪れると思うと、ちょっと杉の木を見る目も憂鬱になってしまいます。
(2月23日)
興味のない方にはアホらしい芸能ネタですが、叶姉妹のマネジャーが5億円相当を持ち逃げしたとして、叶恭子が被害届を出し二女が赤坂署で事情聴取を受けたとか。
かつては三姉妹で売り出していたという関係をウィキで調べたら、二女は恭子の実妹だけど、美香は事務所が叶姉妹として売り出しただけで、何の血縁関係もなく「まれに誤解されるが、叶姉妹は芸能ユニットであり、メディアでの行動や発言は、あくまで商業上の設定に基づく職務」云々。
エェ〜!!そうだったの?まれに誤解? 2人を知る日本人の9割9分くらいが誤解しているように思うのですが、単に自分の無知だったのでしょうか。バラエティー番組で「お姉さま」「美香さん」などと呼び合って浮世離れした姉妹に見せていたのも、ビジネス戦略だったとは……何やら1ヶ月あまり早い4月バカを味わった気分。
容姿だけでなく売り出し方も人間関係もゴージャスなようで、虚と飾に彩られた芸能界のふぞろいな真実に唸っちゃいました。
(2月22日)
どうも昨年から、というより日銀の独立性が確保されてからずっと、政治側の牽制発言というのが続いている気がします。きょうに迫った日銀金融政策決定会合で利上げの有無を巡って、マスコミのしつこい質問のせいもあるのでしょうが、政治家が軽々しく介入発言をし過ぎる気がします。
金融政策に関して日銀の独立性を認めている以上は、政治介入で目先の対応にばかり固執してしまうと、長期的・俯瞰的視点が疎かになりかねません。とりわけ景気が回復しつつある現在にあっては、バブルの愚を繰り返しかねません。
曖昧さを好む国民性のせいか、一度決めたことをウヤムヤにした関係というのが日本人は多いような気がします。こうした優柔不断で一貫性のない態度が外交にも出てしまい、いらぬ軋轢や政治的敗北を繰り返しているように見えます。
政治はイエスかノーの世界でしかないので、こうした曖昧さは即、付け入るスキを与え、失敗につながります。各論の政策を練り直す以前に、決まり事を徹底する基本的なところから反省した方がいいような気がします。
(2月21日)
香港では公共の建物やレストラン、カラオケ店、オフィスなどで全面的に禁煙を義務付ける「禁煙法」が今年、施行されました。違反者には最高5,000香港ドル(約7万6,600円)の罰金が科せられます。同じくアジアを代表する国際都市シンガポールも禁煙都市として有名です。
翻って日本。ルノアールやドトール、珈琲館、ベローチェなど喫茶チェーンの老舗に入ると、出入り口付近の落ち着かないスペースに申し訳程度の禁煙席を置く分煙対策。近所のスーパー銭湯では禁煙だった大広間に「お客様のご要望で喫煙できるようになりました」との貼り紙。「そりゃ喫煙者は宇宙の果てでもご要望するでしょ……」と、突っ込みたくなる時代の逆行ぶり。
喫煙者が多い客層なればこその措置かもしれませんが、嫌煙者までも健康被害を受ける喫煙と、中毒症状を我慢すれば済む禁煙と、どっちを優先すべきなんでしょう? 喫煙者を重宝し嫌煙者を煙たく扱う経営者のメッセージに応え、これらの店は今後できるだけ利用しないよう心がけようと思います。
(2月20日)
ひとまず東京マラソンは成功に終わり、来年以降の参加が楽しみになってきました。参加者3万870人に対し完走が2万9,852人。な、な、な、何と96.7%と脅威の完走率でした。
市民ランナーも参加する首都での本格初国際フルマラソン、国内最多参加者、有森裕子ラストラン……といった話題が先行し、この数字にはあまり注目されないかもしれませんが、3万人規模の市民マラソンでこれほどの完走率はギネスものの数字。抽選がよほど厳密だったのでしょうか。
TVでも採り上げてましたが、最近は女性中心に市民ランナー増加中とか。Qちゃんの影響もあるだろうし、ダイエットや運動不足には最適だし、ランニングシューズさえあれば始められるし、緩急自在で日々の向上もタイムで如実に表れます。
市民ランナーの一人として、その魅力を1つ挙げるなら、走った後の達成感に加え、時々訪れるランナーズハイの恍惚感! 「生きているうぅ〜」という実感に浸れて、それが走る前の面倒臭さ(かなりのものですが)に、ほんのちょっと勝っているから、続けられるような気がします。
(2月19日)
一単語で検索入力すると必ずといっていいほど上位にくるようになったウィキペディアが、財政面で苦しい状況にあるとか。広告も掲載せず、寄付によって賄っている財団だけに、圧倒的な社会貢献に比して、収入がないというのは気の毒のような気もします。
最近はネットサーフィンというよりウィキサーフィンと言っていいほど関連語に飛び回り、どこからスタートしたのか分からなくなることも。下手な本を一冊読むよりも勉強になったりします。昔持っていた百科事典よりも、現在持っている辞書よりも、利用率は圧倒的に高いので自分も多少は寄付したいところですが、寄付せずに済むものならしたくない。どうせ寄付するならユニセフにでも、などと思ってしまいます。
TV番組よりも夢中になれるYouTubeでは、最近は局側の抗議を受けて番組動画の削除が増えてます。「後で見ようと思っていた動画が削られちゃった」ということが何度かあります。
とても便利だけど、いつ消滅するかも分からないこれらのサービスは、流動的なIT業界の現状を実によく表してます。
(2月18日)
北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議で共同文書が採択されました。中東政策に没頭する米国の大幅な譲歩の結果と言っていいでしょう。過去の経験からいって、彼の国が核廃絶に向かうことは100%ないでしょう。施設の稼動停止などで援助を受けながら今後も核を拳銃代わりに突きつけ恐喝を続けるだけのことだと思います。
支援しなければ日本が外交的に取り残される、と指摘する政治家もいますが、米国に追従することだけが外交なのでしょうか。隣国の問題で、主に日本を脅すために開発している核・ミサイルに関して、同盟国の台所事情に追従しているようではもはや完全な属国といってもいいでしょう。
中韓とも日本の政策には常に反発してきます。歴史の過ち、経済格差などが複雑な感情をもたらしているのは分かりますが、なぜ東アジアはEUのように歴史も格差も乗り越え相乗効果でウィンウィンの関係になれないのでしょうか。互いに毒素を放出し合って悪いエネルギーを発散させて発展の阻害要因となっているだけ。政治の未熟さが大きな原因だとは思いますが、隣国がもう少し広い視野を持つ人々だったらな、と思うことが最近多い気がします。
(2月17日)
時々「何でこんなものが流行るん?」と思うブームがあります。男子のジーンズずり下げ、女子のガングロは外見も機能性も未だに意味が分かりません(自分がおっさん化したから?)。
最近、売出中のメガマックもその一つ。母国の米国でさえスーパーサイズを見直したというのに、何が悲しくて754キロカロリーもあるメタボリック食品が持て囃されるの? チャーハン1皿分、プロ野球のピッチャーが1試合で消費するカロリーに相当するそうです。これにコーラやらポテトやら三角チョコパイやら付けたら……「血液ベットベトやぞ、ギットギトするやろ!」てな世界です。
人気の原因を考えるに、まず数量限定という品薄感。「まだ売ってる!買えば得!!」と思ってしまうのは人情でしょう。それにメガマックなる名称。ハンバーガーの王様を制覇する達成感というか、大食い選手権に出場するような気分でしょうか。
単品350円はハンバーガー3つとチーズバーガー1つよりも割高。使われるパティは同数。バンズは2つ分。ほぼハンバーガー4つ分積み重ねただけと考えたら……食べる気します?低価格競争の中で培ったマックの戦略は相当にしたたかです。
(2月16日)
チクタクと秒針を刻む壁掛け時計が壊れたので、音もなく秒針が回り続ける静音時計を買ってみたところ、なんとも味わい深い時間の進行を示してくれるなぁ、と感心。
秒針は刻まれるもの、という旧式タイプの自分にとって、急ぐ際の時計はドラマ「24」のように、一刻一刻が緊張とストレスを呼び起こす「時限爆弾」。のんびりして眺める時計は一秒の速さとゆとりを知らせてくれる「人生の万歩計」。
一方の静音時計は、時間が川の流れのように一瞬たりとも止まらない、無慈悲で公平な存在に見えてきます。じわりじわりと動き続ける秒針は、ターミネーターのようにロックオンして離れない機械的な感じもするし、這うような動性が意思を持った生命体のようにも見えます。
なんとなく時間に対するイメージも変わったような気がして、何気ない買い物が意外と自分に影響を及ぼすものなんだな、と実感。時計を見習って、惰性で過ごそうとする頭のネジを巻きなおさなくちゃ、という気分にもさせてくれました。
(2月15日)
国内レース最大となる3万人が7時間の制限時間内でゴールを目指す東京マラソンが18日に迫りました。国内ではかつてない規模で、首都の機能が麻痺しないのか懸念する声も出ています。
自分は抽選に漏れてしまい、今後伝統行事になった場合に「第一回の参加者」という金字塔を打ち建てられず、祭りを遠方で見るような気分です。成功すれば石原都知事には4月知事選への追い風となる一方、トラブルがあれば責任も問われかねません。
一大カジノ構想を掲げる都知事だけあって、三選に向けたギャンブルにも見えるイベントで、賽の目が丁と出るか半と出るか、ブラウン管ならぬ液晶画面から見守ろうと思います。
(2月14日)
東武東上線で線路に侵入した女性を助けようとして電車にはねられた警視庁板橋署の宮本邦彦巡査部長(53)が帰らぬ人となりました。6年前、JR新大久保駅で転落者の救出活動にあたって亡くなった韓国人留学生ら2人の時と同様、見知らぬ故人なのに惜別の情で胸が熱くなります。
近所からも慕われる人柄だったようで、別れを惜しむ多くの住民から花を手向けられていました。
日常どんなに高尚な言葉を繰り出したところで、どんなに崇高な理念を掲げたところで、唐突に迫り来る恐怖に怯まず赤の他人を助けられるかといえば、全ての人にできることでは決してなく、だからこそこうした人々の勇敢な最後に、どんな偉人の訃報よりも胸を打たれるのだと思います。
人は生き様と同様か、それ以上に、死に様の中にその人の尊い人生観・価値観が表れることがあり、地位や名誉などどうでもよくなるようなその高潔な最期に、ただただ敬意を表すると同時に自らを省みてしまいます。
(2月13日)
まるで計算し尽くされたような構図の2体。イタリアで5〜6000年前に埋葬されたとみられる抱き合った男女の遺骨が見つかりました。間近に向き合い、両腕で相手を引き寄せた状態のまま土に帰り、数千年の時を見つめ合い続けてきた若い男女。
古代ギリシア以前。日本で言えば縄文時代。おそらくは狩猟生活をしていたであろう時代にロマンチックな2人がいたものです。若くして亡くなったということは、必ずしも幸福な結末ではなかったかもしれないけど、抱擁の中での最後はいじめやストレスで自殺する現代人よりは幸せな最後だったのではないでしょうか。
時代や社会がどう変わろうと、人間の基礎部分は決して変わることがないということを改めて示してくれた、人類の先輩からの啓示にも見えます。
(2月9日)
NASAの女性宇宙飛行士が、恋敵と思い込んだ女性空軍大尉を襲撃し殺人未遂罪などで起訴されました。宇宙飛行士といえば、エリート中のエリート。単に頭が良いだけでなく、体力も自制心も人並み外れた能力がなければ選ばれない人々。衝動的な凶悪事件とは対極にあると言ってもいいはずなのに……と驚いてしまいます。
ふだんいかに訓練をしていても、恋愛に絡む感情を完全には抑え込めないということでしょうか。最後は感情が理性に勝つということでしょうか。むしろふだんそうした感情を極力抑え込んでいる分だけ、かえって理性を失ってしまった特殊なケースかもしれません。いずれにしろ人間の本性を表しているようで、何とも興味深い事件です。
いくら地位や収入があっても、恋愛感情を満たしている人に幸せの量では勝てないのかもしれません。格差社会が突きつける生き方のヒントはそんなところにあるのかもしれません。世界中の人が愛に満たされた生活をしていれば、事件も戦争もなくなるのでしょうけど……って、なんかものすごく在り来たりの結論ですが……。
(2月8日)
昨日までの占いは「バーナム効果」という心理学の実験で使われた記述です。一般的性格を表しただけなのに、自分の性格を言い当てたと思わせる手法で、外見や何気ない会話から相手の特徴を読み取るコールド・リーディングまたはショットガンニングという話術によって、効果は最大限に発揮されます。
世紀末は終わったというのに、テレビや雑誌では未だに占いの類が大人気。最近、「言い当てる前世は中世の欧州貴族ばかり」などと批判を受けたオーラの類も、信じる要素が一つもないように見えて、なぜ人気が高いのか不思議でなりません。
転生輪廻があるとして、なぜそれが特定の人だけに見えるのか。例の2人はどのような口裏合わせをしているのだろう……といった疑いの目で番組を見ている限りは「また荒唐無稽なこと言ってる」と笑えるのですが、真剣に理解しようとする人が増える世の中になると、ちょっと怖いと思います。
都市伝説や宇宙人の話も同様ですが、証明できないモノを信じ始めることは、新興宗教の入り口のような気がして、悪巧みする人間にスキを与えるんじゃないかと思えてなりません。
(2月7日)
占いの続きです。
あなたはいくらかの変化や多様性を好み、制約や限界に直面したときには不満を抱きます。
そのうえ、あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思い、十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることはありません。しかし、あなたは他人に自分のことをさらけ出しすぎるのは賢明でないと気付いています。
あなたは外向的・社交的で愛想がよいときもありますが、その一方で内向的で用心深く遠慮がちなときもあります。あなたの願望にはやや非現実的な傾向のあるものもあります。
(ウィキペディアから引用)
全てが当たってると言えないまでも、かなり当たってるのではないでしょうか。占いやオーラの正体って、こんなものなのかもしれません。続きは明日以降に。
(2月6日)
以下、あなたについて占います。
あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、それにかかわらず自己を批判する傾向にあります。
また、あなたは弱みを持っているときでも、それを普段は克服することができます。あなたは使われず生かしきれていない才能をかなり持っています。
外見的には規律正しく自制的ですが、内心ではくよくよしたり不安になる傾向があります。正しい判断や正しい行動をしたのかどうか真剣な疑問を持つときがあります。
(ウィキペディアから引用)
当たってるでしょうか?続きは明日以降に。
(2月5日)
急須が縦長で少量のお湯を入れても茶が十分濃くならない。お湯を沸かす時間も面倒だし……と思いふとコーヒーメーカーでフィルターを使わずお茶を淹れたら、あっという間に濃い〜お茶が完成!! 新たな生活の知恵を発見した気分。
と思ってたら、通常の5倍の高濃度茶カテキンでできた緑茶飲料が原因と疑われる肝機能障害がカナダで報告された、という記事。濃すぎる茶も体にはムリがあるようで、淹れる茶葉の量で調節した方がいいようです。たしかに、濃い茶を飲んだ後って、肝臓以前に胃がもたれる感じがします。
薬と同じで、どの飲食物にも効用と副作用が並存しているのかもしれません。一般に健康にいいとされるものは、効用の方が多いけれども、量や体調次第では逆効果というか……。いくら摂っても健康にいい飲食物があったら、そもそも人間は雑食である必要さえないのかもしれません。
話を戻して、簡単に緑茶を淹れられるティーメーカーという商品を開発したら結構人気が出るんじゃないかと、ふと閃き!! どこかの健康番組とタイアップしたりすればウフフ……なんて皮算用してきた業界があるのかなぁ。
(2月4日)
消費期限切れの食品を使っていたというお詫び広告が相次いでます。不二家の問題発覚で再点検した結果なのかもしれませんが、ドサクサ紛れの発表に見えるのは自分だけでしょうか。
卵や牛乳が1日や2日期限切れになっても気にせず使用する消費者は多いと思います。だから多少の期限切れ発表に目くじらを立てる気にもなれないし、「ネズミが50匹」などと報じられた不二家に比べればまるで印象が薄いから、「まぁ今後気をつけてよ」程度にしか受け取られないでしょう。
食物を大切に扱うという点でいえば、期限切れ即廃棄というのは勿体無い気もするし。加工日時が期限前でOKなら、期限切れ寸前の卵を使ったケーキは、そこから卵の消費期限もリセットされちゃうのかと言えばそうではないとも思うし。消費期限というのは常に曖昧さが付きまとってます。
不二家も問題発覚後に包み隠さず全てを発表していれば、消費者ももう少し柔軟な見方をしていたかもしれません。「期限切れ」よりも隠蔽していた二次的裏切り行為が、ペコちゃんには何とも痛いイメージ失墜になってしまいました。
(2月3日)
女性を「産む機械」と発言した柳沢厚労相に対する風当たりが強まってます。言葉通りの考え方を持っているとすれば、大臣の適性に欠けると言わざるを得ないでしょう。ワイドショーによると、8割の人が「辞任すべき」と考えているとか。
発言の趣旨を見ると、少子化対策を論じる際に出産意欲を促す必要性を訴える過程で飛び出た発言。表現力があるのかないのか、極端な物言いで分かり易く表現したようです。演説に熱が入り、勢いで人権配慮を忘れてしまったようです。
真意は言葉通りでないとも思えます。逆に女性が男性を「精子を作る機械」などと表現したとして、激しく怒りを覚えるかと言えば、むしろ苦笑してしまいそうです。出産には痛みも伴うし、ある種神秘的な出来事をモノに例える浅はかさには呆れますが、例え方の間違い一つで閣僚辞任となれば、自由な物言いを制限することになりかねず、息苦しい言葉狩りの国になってしまうような気もします。
本人も消え入りそうな反省の態度をしていることだし、この辺で幕引きにしてあげる大らかさも、出産しにくい今の日本には必要じゃないかと思いますが……。
(2月2日)
週刊現代の八百長をめぐる告発記事で相撲協会が揺れてます。圧倒的な強さを誇る横綱朝青龍が資金力にモノを言わせて「注射」という隠語の買収でホシを買いまくっている、という内容。
各力士のお家事情や業界の現状がかなり詳細に書かれており、想像力だけでは書けないようにも見えます。ガチンコ勝負にこだわってきた力士は2004年の制度改正で公傷と認められなくなったために地位と収入を優先して買収に屈した等々。
読めば「火のないところに煙は立たないよな」と思う一方、「せっかく優勝しても悔しくて眠れない」と訴える朝青龍にも「強すぎるだけでこんな疑いかけられて可愛そう…」と気の毒になります。
過去にも何度か浮上してはウヤムヤになってきた八百長疑惑。相撲協会は今回こそきっちりと法廷の場で潔白を証明し、ガチンコでの勝ち名乗りを上げてほしいものです。万が一、春場所で朝青龍が調子を落としたとしても、怪しまれないためにも。
(2月1日)
「あるあるU」の納豆捏造のおかげで?今後は一時的なダイエット食材ブームは少なくなるかもしれません。そういえば脳内革命ブームの時も、その後に「医学的に実証されていない」というアンチブームが訪れ人気が下火となりました。当の著者はその後、所得隠しで国税から追徴を受け、昨年末には破産しました。脚光の末に訪れる悲しい顛末は、明暗際立って深い業さえ感じさせます。
ブームは人を熱狂に陥れ、やがて反動が訪れ「本当に正しいのか?」「それほどの価値はないのでは?」と反論が沸き起こり、廃れていく。今回の場合、捏造という明確な否定事実が発覚しましたが、全国のスーパーから納豆が消えるというブームがなければ、過去の放送分も含め捏造発覚に至るアンチ取材も起こりえなかったでしょう。
芸能人や歌手もブームに乗ってしまうと、時間と共に「一発屋」の烙印を押されて長続きしません。政治家も高過ぎる支持率の後には必ずといっていいほど反動がきます。躁鬱激しい感情も精神的に健全とは言えないでしょう。過ぎたるは及ばざるが如し、とは万事に当てはまる教訓と言えそうです。
(1月31日)
フロントページの新郎新婦の声の欄に、1月24日コラムが誤って流れていたため、見苦しい状態になっておりました。申し訳ありません。ペーストの際、カーソルがずれて二重に添付してしまったようです。PCはボタンひとつで致命的なミスにつながるので、よく注意しなければと思います。
先日もPC1台がダウンし、過去ログを一部バックアップしていなかったため、途方に暮れたことがあります。事前にLANディスクに保存したとばかり思っていたのに、ペーストし損なっていたために数日かけてまとめたデータが消えていました。
ワープロを使い始めた大学時代から、何度となく経験してきた衝撃の瞬間です。何とも言えない脱力感とともに、しばらくは何もする気がなくなってしまいます。「タイムマシンに乗って巻き戻したい」とか「お金払うからデータを戻してくれないかな」などと途方もない空想や願望が頭を巡り、現実逃避の方法を探るけれど、結局は諦めるか思い出しながら打ち込むかしかありません。
身近な「便利」も、使いこなせない人間にとっては 「不便」でしかないですね。
(1月29日)
香港映画「インファナル・アフェア」のハリウッドリメイク版「ディパーテッド」が公開され、話題を呼んでます。ハリウッドといえば最近、世界中の名画をリメイクし2匹目のドジョウを狙う傾向があるようです。ネタ不足と同時に、オリジナル版よりも大きなパイで勝負できる規模の強みを生かしているようですが、あまり忠実にリメイクされると「何のためのリメイク?」とガッカリすることも。
一方、手塚治虫の名作「鉄腕アトム――地上最大のロボット」のリメイク漫画を手がけている浦沢直樹「PLUTO(プルートゥ)」は、リメイクなのに全くのオリジナルになっていて、これならきっと手塚治虫も天国でニヤリとしているのではないか、という作り。全体の流れと登場人物の名前がなければ誰もリメイクとは気づかないでしょう。
先日、NHK「プロフェッショナル」に出ていた浦沢さんは、複雑な人間心理を描く漫画を描き続けたい、と語っていました。「YAWARA」「MASTERキートン」「MONSTER」「20世紀少年」といった作品群は、ある意味文学以上の表現力を発揮しているから人気を得ていると思います。久々に「格好いい!」と思える人でした。
(1月28日)
電脳社会がやってくるのかどうかはともかく、携帯電話を持ち歩くことなく目の前の人と話すように会話できる機能はまもなくやってくるようです。
指を耳の穴に入れて音声を聞く腕時計型携帯電話や、頭蓋骨を振動させて本人だけ聞こえるMP3プレーヤーが開発されました。骨伝導と呼ばれる技術を使って開発されている製品の1部で、耳の周辺の骨を介して音波を伝達する。
開発が進めば、携帯電話を骨の一部に埋め込んで相手先番号を口述するだけでコールしたりもできそうです。そうなれば目覚まし時計もいらなくなるかもしれません。視神経の研究が進めば、視界の中にGPSの地図や「きょうの予定」を浮かび上がらせる応用につながるかもしれません。
現実がSFの世界に少しずつ近づいていくとき、その詳細な道筋が少しずつ見えてくる。山全体の景色が、入山すると一本一本の木々に変わるように。自分が死ぬまでにSFはどこまで現実世界になっているのか、予想して空想するだけでも楽しいものです。
(1月27日)
東国原・宮崎県知事の就任会見を見ていたら、言葉を選びながら低姿勢で、なかなか好感が持てそうな印象を持ちました。出納長を廃する代わりに副知事を2人置く構想もあり、色々と考えて県政運営に当たりそうで、誰もが「大丈夫か?」と勘ぐる中で、意外とうまくやっていくのかもしれない、と思わせる立ち上がりに見えます。
作業着というパフォーマンスは権力や役人風を打ち消す役割になっていいとは思いますが、どこかの国の将軍様に見える、と誰かが言い出したら、ちょっとマイナスイメージになるかもしれません。
裏返せば、パフォーマンスだけならどうにもならない独裁者だってできるということ。就任早々から鳥インフルエンザ問題が広がって大変ですが、「逆境は得意です」と強弁する知事の働きぶりをじっくりと見てみようと思います。
(1月26日)
ジョギングをしていて「名誉の妥協」と自らに言い聞かせることが多くなりました。昨日よりもう少し長く、もう少し速く、と思ったときに諦める選択肢を選ぶのです。
「妥協は自分に負けること」と、学生時代にはきつい時こそムリを強いていたように思うのですが、短期の目標がなかったり、長く続けることの方が重要な社会人となってからは、同じ根性論がそぐわないことが多いようです。
部活や受験という短期目標がある若い頃は、ムリな要求に応える気力や体力もありました。同時に様々な欲求も今より強く、妥協や欲望を抑える試練は今とは比較にならなかったと思います。
ムダな体力を使わない知恵は、ベテランの老獪さに通じるのかもしれません。アスリートでいえばいつのまにかベテランの年齢になった歳月にため息をつきながら、仕事以外の生活で妥協を探ることが増えつつあります。
(1月25日)
一部世論調査で不支持率が支持率を上回った安倍政権と、終始一定以上の支持率を維持した小泉政権の決定的な違いといえば、優れたブレーンの有無でしょう。閣僚選出でその差がモロに出て、現政権を苦しめているように思えます。
故青島幸男・元都知事と石原慎太郎知事の違いもブレーンの差だったのでしょう。両者共に鳴り物入りで就任しながら、評価は対照的でした。やや陰りの見えてきた現知事ですが、行政手腕でダメ出しする都民は少ないと思います。
「ガラス張りの県政」を掲げ無党派層に支持された田中康夫・前長野県知事は、知事室を本当に開放したり車座集会を続けたりと、個人でできる改革を精一杯やりました。しかし結局、県議会を最後まで味方につけられず、下野しました。
新宮崎県知事は様々な失敗を重ね、たぶん本当に「生まれ変わった」んだと思います。でも、熱意だけでは保守に凝り固まった地方の分厚い壁を突き破ることはできないでしょう。作業服もパイプ椅子も所詮はパフォーマンスでしかありません。優秀なブレーン探しが何より重要な仕事、と先達が示しているようです。
(1月24日)
慣れとは恐ろしいもので、イラク戦争の当時、中東でテロ被害が発生するたびに大きく報道されていたのが、最近はイラク国民が犠牲になっても多少のテロでは報道されず、米兵が数人犠牲になっても新聞ではほぼベタ扱いです。
20日にイラク各地でテロが相次ぎ、米兵が計24人亡くなりました。陸自が撤収した日本では、もはやイラク情勢に興味もなくなってしまったようで、まるで話題にも上りませんが、最近の中東情勢は悪化の一途をたどり、イランと米国との緊張関係は対話のレベルを超えつつあるようです。
国内で大きな事件が続くので、ついドメスティックな目線になってしまいますが、命の重さに国境も国籍も関係ないわけで、自国民が絡む問題にだけ反応していると、いつまでも国際社会での地位は確立できないでしょう。
いざ有事になってバタバタ騒ぎ出し、最終的に「ブッシュ様のご意向のままに」と従う飼い犬のような外交の繰り返しでは、真の独立国家とは言えない気がします。
(1月23日)
偶然かもしれませんが、空っぽだったスーパーの納豆コーナーが、昨日は溢れんばかりに陳列されていました。思わず「おかえり」と呟いてしまったのは、自分だけでしょうか。同じ食べ物つながりでは、不二家絡みで賞味期限切れのケーキに含まれる細菌数というのをテレビで取り上げてました。期限切れ前は1万程度だったのが、期限切れ後は数百万にも膨れ上がっているとか。
あんまり多くなると、腹痛や嘔吐する恐れもあると言ってましたが、ちょうど期限ギリギリのケーキを買い「さぁ、食べよう」というタイミングで余計な情報を聞かされ、急に食欲がなくなってしまいました。無菌状態よりも菌なんて多めの方が免疫力がついていいと思うのですが、人は「菌」という言葉に弱いもの。すぐに悪玉菌やばい菌、雑菌といったマイナスイメージを膨らませてしまいます。
腸内ではその菌が大活躍してくれるおかげで消化できるのだから、「菌」という言葉に対する認識をもう少し改めなくっちゃなぁ、と思いながら美味しそうに見えなくなったケーキをじっと見つめてしまいました。
(1月22日)
これだけ世間を騒がせておいて「捏造でした」はないでしょう? 朝晩の納豆でダイエット効果があると放送した「発掘あるあるU」で、事実と異なる内容があると関西テレビが発表し謝罪しました。
全国スーパーから納豆切れを巻き起こしたブーム。これだけ騒がれた回で発覚したということは、捏造は日常的に行われているのでは? 納豆業界と結託し最初からブームありきのシナリオで、思惑外れの実験データを覆したのでは? 品切れを演出することで話題を独占し視聴率アップを謀ったのでは?……など様々な疑惑が浮上します。今後大きな問題に発展するかもしれません。
単なる納豆好きとしては、これでまた納豆が買えるかもしれないので嬉しいニュースです。品不足が続けば値上げも避けられないでしょうから、とにかく早く元の需要に戻ってほしいものです。
TBSの白インゲン問題のときも大げさな効用と極端な摂取方法を紹介して謝罪しました。健康番組は、面白く見せるために大げさな演出をすることが多いので、多少割り引いて考えた方が良いでしょう。納豆はウマいけど、世の中ウマい話なんてそうそうあるもんじゃないですね。
(1月21日)
手塚治虫が亡くなったのは平成元年(1989年)。週間少年ジャンプが発行部数653万部を記録したのは1995年。成熟期に入ったともいえる漫画文化は「スラムダンク」の井上雄彦や「ヒカルの碁」の小畑健など画力も格段にレベルアップし、世界に誇る日本文化の地位を磐石のものにしました。
「Dr.コトー診療所」「のだめカンタービレ」など漫画原作のドラマが目立ちます。映画でも「NANA」や「デスノート」が人気を博したほか、中国で制作された「頭文字D」や、まもなく公開の「墨攻」など海外からのオファーも目立ちます。先日記した「攻殻機動隊」だけでなく「MONSTER」「ドラゴンボールZ」「ASTRO
BOY(鉄腕アトム)」「AKIRA」も、ハリウッドで実写化へ向け話が進んでいるとか。
情報通信機器の発達でソフトが大量供給される時代となり、優れたソフトはメディアミックスの形で再生・進化する傾向にあります。いまや文学でも芸術でも脚本でもある漫画は、その最大の牽引役となっているし、今後もニーズは広がる一方でしょう。
(1月20日)
いい加減だなぁ、と思わせる一連の報道でした。独自性か協調性かで揺れた追加利上げ。結局、日銀は6:3で見送り決着。前回は指標の後押しが足らずに見送り、今回も状況に大きな変化がなくキワどいところでの判断。一週間前の各紙は「利上げへ最終調整」のニュアンス。数日前にはある全国紙が一面トップで「利上げへ」。結果は見送り。そして夕刊、「見送りを好感し株価上昇」と。
昨日の相場。よく見ると、発表直後は100円近く急落しました。一昨日も見送り観測が出始めた前場は急落。それを織り込んでから急騰と、政府・日銀の混乱がそのまま市場に反映されました。そんな不透明要因が先送りされ、せっかく一度は利上げで織り込んだ市場が失望したのは想像に難くありません。つまり、見送り好感で騰がったのではなく、懸念が遠のきひとまず安心しただけで、利上げした方が市場はより好感したと思われます。
どれもこれも真反対の報道なのに誰も責任を取らずに報道は淡々と次のニュースを探します。政府の裏取引で事態が急転したかもしれないし、市場心理も永遠に真実は解明できませんが、少なくとも不明の段階でモノを伝えてほしくない、と思わせるウソ報道でした。
(1月19日)
数年前に初めて見た時、「妙なネーミングだ」と思ったものですが、非常に精細で高度な内容。子供よりもむしろ大人がのめり込んでしまうアニメではないでしょうか。士郎正宗原作「攻殻機動隊」がハリウッド実写化へ向けて交渉しているとか。
映画「マトリックス」シリーズのヒントにもなった電脳社会を舞台に、内務省直属の攻勢の公安警察組織、攻殻機動隊(公安9課)の活躍を描いたサイエンスフィクションで、東アジア情勢や人口・難民問題など将来の日本が抱えるであろうテーマをふんだんに盛り込んだストーリーは、未来の社会を想像する手がかりにもなります。
海外でも有名なアニメで、実写化されればマトリックス以上の話題になるでしょう。大人が熱狂したアニメと言えば「機動戦士ガンダム」を思い起こさせます。当時小学生だった自分には、恋愛や敵味方に絡む人間関係に理解できない面がありながら「ガンプラ」集めに奔走した記憶があります。
未だに根強い人気を誇るガンダムシリーズのような、息の長い作品になる可能性を秘めているかもしれません。
(1月18日)
不二家が消費期限切れ牛乳を使用していた問題で、創業家一族の社長が辞任表明しました。食品会社としては雪印、創業家一族としてはコクドの不祥事を思い出させるトラブルです。
コンプライアンス(法令順守)やコーポレートガバナンス(企業統治)の重要性が叫ばれるようになったのは、Web2.0の進化も影響しているのではないかと思います。秘密を握ればブログや掲示板で一億総告発者・総記者になれるインフラが整い、企業とりわけワンマン経営を続けてきた創業家一族の経営陣がこれまでのように社外秘を強いても簡単に水漏れするようになったのかもしれません。
今回、不二家の不祥事によって内部告発前に腹痛を訴えた消費者はいません。直接の被害が出ようと出まいと、隠蔽情報は共有される時代になったと考えた方がいいのでしょう。あらゆる意味でロングテールが力を持つ時代であることを、とりわけ豪奢な感覚の創業家一族は覚えておかないと、手痛いしっぺ返しに遭うことを繰り返す歴史が教えてくれるようです。
(1月16日)
小中学生の頃、教科書に掲載される弥生時代の鏡は常に装飾の施された裏側だけで、「なぜこれが鏡なの?」と不思議で仕方ありませんでした。
先日、博物館で「これなぁに?」と子供に尋ねられた母親が「鏡」と答え、さっさと次の展示品に移動してました。子供も慌てて付いていきましたが、察するに「反射もしないくすんだデコボコなのになぜこれが鏡なの?」と感じたのではないでしょうか。
常識と思っていたことも子供の質問でハッと気づかされることがあります。空はなぜ青いの? 疲れると大人はなぜ肩が凝るの? 算数は何の役に立つの?……訊かれて即答できない人も多いのではないでしょうか。作られた当時の、酸化していない輝ける鏡のレプリカを表裏見せれば子供の疑問は瞬時に消え、なぜ古代人がそれを重宝したのか、完全には反射できなくても自分の顔を見られる貴重な道具だった……などの新事実を百聞でなく一見で飲み込むことができるでしょう。
子供を思いやる大人の心の鏡をもっと磨いていかないと、子供の心もどんどん酸化してしまうかもしれません。
(1月15日)
フジ系「あるあるU」で朝晩に納豆を食べるとダイエット効果があると紹介され、納豆がバカ売れだとか。納豆とヨーグルトが身体に良いことはよく知られていること。何をいまさら……と思いますが、ダイエットの言葉に過敏反応する人々が世の中にはいかに多いかということを、空っぽになったスーパーの納豆コーナーが示しているようです。
女性に限らず、メタボリックという言葉の影響で男性の意識変化もあるかもしれません。飲み会や家族団らんの席で「あなたも予備軍ですよ」なんて言われた男性は多いのではないでしょうか。
しかし、番組で取り上げられ品薄になる現象はいつも一過性。そのうち売り上げは元に戻るでしょう。納豆は自分も大好きですが、毎日食べていると必ず飽きます。ムリして続けると見るのも嫌になります。そうなると身体に悪い脳内物質が分泌され、かえって健康によくありません。
自然体でムリせず長期間続けられることがダイエットを成功させる必要条件ではないでしょうか。
(1月14日)
任天堂がDSに続いてWiiでも大ヒットの売り上げで今期業績見通しを上方修正しました。
高機能化の激しいつばぜり合いから一転、「難しすぎて疎遠になった」ゲームユーザーを開拓しようと、振ったりひねったり指したり…直感的に操作できるリモコンで、家族や友人同士が集まる場に欠かせないほどの人気モノを作り出しました。
何回か対戦すれば少しずつ要領がつかめ、老若男女が楽しめる優れモノ。ゲーム業界を振り返れば、ピンボールに始まりブロック崩し、インベーダー……と難易度がジワジワ上がり、ゼビウスあたりから隠れキャラや裏ワザが登場。映像の完成度も問われるオタクな世界へと突っ走りました。その究極ともいえるのがラグナロクなどのロールプレイングゲームかもしれません。
もともとは花札メーカーだった任天堂には、一部のハードユーザーを奪い合うハイテクゲーム業界自体のオタク化に違和感があったのかもしれません。原点に戻ってゲーム機の面白さを世間に再認識させた経営手腕には、関西ならではの商魂が宿っているようです。
(1月12日)
よくこんな昔の日付が残ってるものだと感心したのですが、紀元前49年の1月10日は、カエサルがルビコン川を渡った日だそうです。
日付的には昨日になりますが、ポンペイウスとの対決を決意したカエサルが「賽(さい)は投げられた」と叫び、元老院令を無視してローマを目指し渡河したことから、重大な行動に出るたとえとして用いられます。2056年も前に重大な歴史的出来事が起こったと思うと、想像力を刺激されます。
人にはそれぞれのルビコン川があると思います。渡る人もいれば渡らない人もいるでしょう。渡らない方が正解だったというケースもあるでしょう。
年明けから都内で裕福な家庭内での凶悪事件が相次いでます。明らかに間違っていると分かるルビコン川を渡ってしまい、永遠に元の世界に戻れない愚を犯しているとしか思えません。自分の狭い世界に固執した結果の行動にも見えます。一度壮大な歴史世界のルビコン川に目を転じ、目前のルビコン川が本当に渡る価値のあるものなのかどうか冷静に考えれば自ずと答えは見えてくるように思えます。
(1月11日)
松坂大輔投手が年初に原点である母校横浜高で練習を開始し、後輩らに言葉を贈りました。
「同級生の多くが、あの時もっと練習してれば良かった、と悔やんでいる。今やらないでいつやるんだ、という気持ちを持って頑張ってほしい」とアドバイスを贈ってました。
ありがちだけれど、贈る言葉としてはベストなメッセージだなぁ、と感心してしまいました。横浜高で野球をするほどの選手たちであれば、将来プロでやりたい選手も少なくないはず。目前の目標は甲子園だとしても、彼らが後々の人生で同じ気持ちで悔やむ可能性は高いし、逆に「あの時あの言葉があったから頑張れた」と感謝する可能性も高いのではないかと思います。
未来は現在の延長線上でしかない、というのはある意味厳しい現実ですが、実りある現在を積み重ねればオレのようにもなれる、ということを暗黙のうちに教えてくれた、偉大なる先輩の訓示だと思った次第でした。
(1月10日)
早いもので2007年も一週間以上が経過し、残すところ11ヶ月と3週間余になってしまいました。ん?まだ始まったばかり??その通りです……が、もし今年目標を立てている方がいれば、「まだまだ」と思うよりも「もう時間がない」と追い込まれている方が、目標を達成しやすいかもしれません。
新聞作りでもそうですが、締め切りが迫ると人間は思いもつかない集中力を発揮するものです。余命を宣告された患者が迫る死期を見定めながらやるべきことをやって、最後は穏やかにその時を迎えるなどというのも同じかもしれません。
時間でも資力でも人間関係でも、余裕があると意識するだけで人は無意識に弛緩します。余裕がなければ人は成し遂げなければならないことに一点集中します。その「締め切り効果」を最大限に利用するには、「まだある」というプラス思考よりも「もうない」のマイナス思考の方が効果的な面があるように思えます。
(1月9日)
1年という基準は脳内時計に深く刻まれているので、この1年で何ができたかできなかったかとか、身長が何センチ伸びたとかの判断基準になります。国内外の10大ニュースや人気の命名、今年の漢字、流行語などなど、様々な統計発表も1年間単位です。
しかし1年単位で目標を設定しても「時間がまだあるからのんびりいこう」と怠けてしまいがち。そこで、1ヵ月ないし3ヶ月ごとに小さな目標を設定する方がプラスαの力が出やすいのではないかと思います。
マラソンでも苦しいとき「とりあえず次の電柱まで走り続けよう」と繰り返すうちに完走できることもあります。2004年度から東証一部上場企業には年2回決算から四半期決算が義務付けられ、経営陣も株主も業績への眼差しが厳しくなりました。
1年という中期目標と同時に、手がけやすい短期目標も設定すると緊張感が持続するかもしれません。
(1月8日)
あけましておめでとうございます。
人にはそれぞれ、人生を振り返って転機となった年があると思います。アスリートであれば、荒川静香や中田英寿、新庄剛志の面々は昨年が転機の年といって間違いないでしょう。
皆、実力でつかんだ金字塔を残し新たな道を踏み出した人々です。日ごろの努力と意志がなければ転機というのは訪れないようにも思えます。宝くじが当たったなどの幸運が転機につながるケースもあるかもしれません。しかしそれもまた幸運を呼び込もうという意志がもたらしたとも言えます。
多くの人にとって、結婚や出産は人生の転機のひとつでしょう。どちらも努力と意志なしには得られないし、ひとつの金字塔を建てると同時に失わなければならないものもあるはずです。
そんな決意をした人々の新たな一歩を少しでも力強いものにできるよう、今年も精一杯のお手伝いができたらと思います。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
(1月7日)
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